■『「わかる」とはどういうことか』 認識の脳科学 (2002.4.30)

脳の前頭葉は知能の最高中枢とされる。猿やチンパンジーと比べて、人では前頭葉が極端に大きく発達しているという。さまざまなことがわかるのはすべて知能の働きである。知能とは、常に変化し続ける状況に合わせ、その時にもっとも適切な行動を選び取る能力のこと。前頭前野は、複数の行動プランを同時に想起して、その中からその時の状況にもっとも適切なプランを選択し、それを実行するという役割を担っている。

わかり方はふたつのパターンにまとめられるという。ひとつは、答えが自分の頭の中に用意できるタイプ――重ね合わせ的理解。もう一つは、答えが自分の外(自然とか社会とか)にしか存在しないもの――発見的理解。本書は、脳科学から導かれる「わかる」というメカニズムを教えてくれる。そして、発見的理解の重要性を主張している。

学校教育は、重ね合わせ的理解に重点を置いている。将来、知らないことに遭遇したとき、重ね合わせに使えるようなさまざまなモデルを教えようとしているのだ。一方、発見的理解では、モデルを自分で新しく発見してゆくしかない。わからないことを仮説をたてながら説明してゆくこと。社会で生きてゆく、というのはその時その時、新しい発見や新しい仮説を必要とするのだから。

「心像」とは、心に浮かべるイメージ。2種類あるという。現在自分のまわりに起こっていることを知覚し続ける――知覚心像と、その知覚を支えるために動員される、すでに心に溜め込まれている――記憶心像。例えば、耳から入ってきた音(知覚心像)を、脳は記憶心像と照らし合わせる。ある音韻パターンと一定の記憶心像が結びついていれば、その音韻パターンを受け取った時、心にはその記憶心像が喚起される。これが、「わかる」の第一歩。

わかったというのは感情だという。なんらかの基準で目の前の現象を分類出来れば、現象が整理できるだけでなく、心も整理される。心が整理されると、すっきりし「わかった」と感じられるのだ。ほかに、筋が通ると「わかる」、空間関係が「わかる」、仕組みが「わかる」、規則に合えば「わかる」なども同じ。


◆『「わかる」とはどういうことか――認識の脳科学』山鳥重著、筑摩書房(ちくま新書)、2002/4

山鳥重 (やまどり・あつし) 1939年兵庫県生まれ。神戸大学大学院医学研究科修了。医学博士。ボストン大学神経内科、神戸大学医学部神経科助教授を経て、現在東北大学医学系研究科障害科学専攻高次機能障害学分野教授。専門は記憶障害、失語学、認知障害。脳機能障害患者の臨床も行う。著書に『脳からみた心』(NHKブックス、1985)、『ヒトはなぜことばを使えるか』(講談社現代新書、1998)など。

◆認知心理学のアプローチはこちら → 『考えることの科学』


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