■ 岩城宏之を魅了した ボッケリーニ《悪魔の家》 (2007.8.19)

以前読んだ本なのに、それをすっかり忘れていて、まったく同じ本を買ってしまうことがよくある。読み進むうちに、これは前に読んだなと、ようやく気が付く。特に、新しく文庫本になったものは要注意だ。単行本とはタイトルまで変わっている場合がある。

また文庫本では何の断りもなく、編成が変わったり、ページ数の制限からか一部の章がカットされているときもあるので油断できない。もっとも、文庫本では新しく解説が巻末に付くので、これを目当てに改めて文庫本を購入することはよくあるが。



ついこの間も、岩城宏之さんの書いた『音の影』を読んでいて、この忘却現象に遭遇した。この本は古今のクラシック作曲家をABC順にエピソードを交えて紹介するというスタイル。以前に読んだか否かの記憶がうろ覚えだったのだが、「B」のボッケリーニになって、ようやく読んだことがあるとはっきりと思い出した。(単行本は2004/8月、文春文庫は2007/8月の刊行)

このボッケリーニの章は、「地下鉄サリン事件と『悪魔の家』」という意表をつくタイトル。内容は岩城さんが、ボッケリーニの交響曲《悪魔の家》を気に入って自分のレパートリに組み入れたという顛末。そうだ、当時この『悪魔の家』を探したけれど見当たらず、いつか手に入れようと思ってそのままになっていたのだ。

地下鉄サリン事件(1995年)で大騒ぎしていたころ、岩城さんは、テレビの報道ニュースのバック音楽としていつも聞こえてきて気になる曲があった。劇的でしかもサリンの恐怖を的確に表現するような曲だったという。テレビのプロデューサーは、なかなかよい選曲をしたものだと思っていた。だが、誰の曲だろうとか、いつごろの音楽だろうか、などとは考えたりしなかった。

ところが、岩城さんが、ふと音楽喫茶店に入ったとき、この曲が流れてきた。すさまじい力を持った音楽だったという。ウエイトレスに尋ねて、よくやく、ボッケリーニ作曲『悪魔の家』という交響曲だと判明した。それから、この埋もれた名曲をヨーロッパでのプログラムに入れたそうだ。

《悪魔の家》はシンフォニア第4番の通称らしい。全3楽章の構成で、終楽章はたしかに劇的な音楽である。ボッケリーニは、グルックの《ドン・ジュアン》からシャコンヌの主題に基づいて、地獄を描いたシャコンヌと、自ら譜面に記しているのが由来らしい。

第1楽章は、沈鬱な感じのテーマで始まる。このテーマは第3楽章の冒頭で繰り返される。終楽章は、緊張をはらんでいる。ニュースのバックに使われたのはこの楽章だろう。CD2枚組に収められた、他のシンフォニア(交響曲)は、第4番《悪魔の家》の深刻ぶりとは裏腹にいずれも穏和な表情であるのが面白い。

CDはアマゾンのマーケットプレイスでどうにか手に入れた。永年のつかえが取れた感がある。
◆ボッケリーニ「シンフォニア集 作品12(全6曲)」レパード指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 PHCP-20068/9


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