■ 『木に学べ』 法隆寺・薬師寺の美 (2026-2-2)

本書は、古本屋の店頭に積まれていたバーゲン本から、タイトルにひかれて手に取った一冊である。
初版は1988年でかなり古い本だが、法隆寺の軒先の話なんて始めて聞きましたよ。
頭領の役割とかも興味深いです。
西岡常一氏は、法隆寺・薬師寺の宮大工棟梁。1930年代から法隆寺昭和の大修理に、そして薬師寺の再建に携わってきたとのこと。本書では、法隆寺・薬師寺の建築から、木について、道具について等々を語っている。棟梁の家代々の口伝が紹介される。「堂塔の木組みは寸法で組まず、木の癖で組め」とか。道具であれば、「道具は得心がいくまで研げ」と。刃物が研げなければ、道具は使いこなせませんという。
棟梁の実際の仕事は、設計から選木、木組み、立てあげである。大切なのは「木のクセを見抜いて、それを適材適所に使うこと」だという。木には、それぞれクセがある。自然のなかで生きのびるために、土壌や風向き日当たりなど、まわりの状況に,自らを適応させねがならなかったのだから。
木のクセをうまく組むことは、人の心を組むことに通じる。宮大工でも自分一人ではなにもできないのだから。全国から集まってくる宮大工を束ねなければならないのだ。
法隆寺の伽藍の材料はヒノキで千三百年たっている。薬師寺の東塔でもちょうど千三百年。ヒノキには樹齢が長いという特長がある。樹齢千年のヒノキを使えば、建造物は千年はもつということ。ヒノキは日本にしかない。大和の国はヒノキがいっぱい生えていたのだろう。今日本で一番の樹齢は木曽の四百年。使えるヒノキはもう日本にはないそうだ。台湾には二千六百とか二千四百年というのがあるという。
ヒノキならみな千年持つというわけではない。木を殺さず、木のクセや性質をいかして、それを組み合わせて初めて長生きする。
千年も二千年も木が育つには、土壌にも条件がある。「木を知るには土を知ること」。まず腐植土、その下には分厚い粘土層がないとダメだ。地下水ができるだけ低い下のほうを流れてるほうがいい。
大陸から木造の建築法が入ってきた。法隆寺は飛鳥時代の大工たちが知恵を出しきって作ったのだ。法隆寺には力強い美しさがある。大きな荷重をうまく分散して太い柱で支える構造になっている。それぞれの部材が十分役目を果たし余分がないことが、美しさにつながっている。地震に強い構造だ。一階の揺れを、二階にそのまま伝えるのではなく、逆方向にのがし大きな揺れを吸収する。ひとつひとうの構造が有機的に連結している。
軒先に注目したい。中国の寺の六百年前の八角五重塔では、直径が29mもあるのに、軒先は2mしかない。広さの割に屋根が小さいので.ズングリムックリに見える。ところが同じ八角でも夢殿は径が11mなのに、軒の先は3mも出ている。軒が深く屋根面積が平面に対して非常に大きく見える。大陸の雨の少ない建築を学んだけれど、飛鳥の工人は日本の風土をほんとうに理解して新しい工法に変えたのだ。

釘を使っている。今の建築と違うのは、釘の力で木をおさえているのではなく、
釘は木を組んでいく途中の仮支えなのだ。
建て物が組み上げられ、組み合わさってしまったら、
各部材が有機的に結合し部材を支え合うので、釘は重要でなくなる。
法隆寺のそれぞれの建造物の屋根は反っている。反りの形が大きなだ円で、美しさを追っている。
屋根の反りは鳥の羽を模していて、天に飛ぶという願いがこめられているそうだ。
この反りは大陸から習ったもの、日本の在来建築にはなかった。
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◆ 『木に学べ 法隆寺・薬師寺の美』 西岡常一、小学館ライブラリー、1991,8
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