■ 『38億年 生物進化の旅』 これは新しい「生物の教科書」だ (2010.3.16)
ネオダーウィニズムとは何か。ダーウィンが自然選択説を唱えた後、メンデル遺伝学が登場し形質を決める原因は遺伝子であることがわかった。遺伝子の「突然変異」と遺伝子にかかる「自然選択」と「遺伝的浮動(偶然による遺伝子頻度の変化)」が進化の主原因とした。これがネオダーウィニズムである。「DNAが変わって、それが発現すると、形質が変わる。それが適応的ならば自然選択により、集団中に拡がって生物は進化する」というわけだ。
本書のテーマは、38億年の生物進化の歴史をたどるとともに、これらの進化が、ネオダーウィニズムの基本概念――遺伝子の突然変異・自然選択など――だけでは、進化史を画するような大きな出来事を説明できないことを示すことだという。
ネオダーウィニズムはいまだに主流だが、無脊椎動物が脊椎動物になるといったような大進化については無力である。ネオダーウィニズムが説明できるのは主として種内の小さな進化だけで、新たな大分類群の設立といった大進化については、遺伝子そのものではなくて、遺伝子の使い方を制御しているシステムについて深く考察する必要があるという。
カンブリア大爆発では、約5億1500万年前、わずか1000万年に満たない時間で、奇妙奇天烈動物群と呼ばれる多種多様な生物が出現した。DNAそのものが大幅に変わったのではなく、むしろDNAの使い方を変えるということがカンブリア大爆発でも起こっていたのだろう。蓄積されていたDNAの変異が新規の遺伝子として働き出して、形がいっぺんに変わる可能性がある。
形が先に変わり、その形に合わせた環境を選ぶ(――適応は後)というのが、生物の形態や機能の大きな進化の基本パターンなのだろう。生きられる条件がちゃんと整っていない環境下で、突然変異を待ちながら生き続けることは不可能である。
形はある時に形態形成システムの変化によって突然大きく変わってしまうことがある。陸棲から海棲になったクジラにしても、その肢は急激に無くなったのだろう。足があるときは海に入る必要がない。しかし構造が変わって足が弱小化したら、陸上よりも水中のほうが当然生きやすい。その構造や形に適した環境を、生き物は目指すのである。
人類の進化プロセス関しては、以前は「イーストサイド・ストーリー」という仮説が有名だった。アフリカ東部で乾燥化が進んで森林が減少したために、類人猿が樹上性から地上性に移行して二足歩行するようになった、というものだ。しかし、新しい化石が中央アフリカで発見されたことで、最初期の人類が出た場所は東アフリカではなく中央アフリカであり、しかもそこは乾燥化が進んだ草原ではなく、森のある場所だということが明らかになった。
ここでも、形質や機能が先に出来て、それに合わせた環境を後に選ぶようになったのだと言えるだろう。森で生活しているうちに二足歩行ができるようになり、二足歩行する類人猿はサバンナのような環境でも暮らせるからこそ、そこへ進出したと考えるべきだと著者は言う。二足歩行になったら地上で歩くほうが利便性が高い。その形態に機能的に合う環境を探して移動したのだ。
代謝と遺伝が生命の二大特徴。代謝とは物質が化学反応を起こしながら循環して回路を形成していること。外から取り込まれた物質はこの回路に放り込まれ、より複雑な物質に合成される。生物とは代謝を絶え間なく続ける閉域のことであり、この閉域は分裂して増殖していく。これが遺伝である。代謝をつかさどる主役はタンパク質であり、遺伝をつかさどる主役はDNAである。
生きているシステムの基本は代謝である。生物はこのシステムを守って次世代につなげていけないと滅んでしまう。システムを変える、すなわち生物が進化するときに、重要なのは、システムの機能を止めることができないこと。システムが分解した途端に生物は死んでしまうからだ。生物が大きく進化するためには、現在使っているシステムを前提として、その上に、何らかのサブシステムを重ねていくほかない。だからマクロに見れば、進化には単純から複雑へのトレンドがあると考えざるを得ない。
◆『38億年 生物進化の旅』 池田清彦、新潮社、2010年/2月 (初出:「波」2008.12月号〜2009年12月号)
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