■ 『植物の形には意味がある』 生物の生き方の違いがある  (2024-3-9)



■ 『植物の形には意味がある』 生物の生き方の違いがある  (2024-3-9)


何気なく、「植物の形」という言葉に惹かれて、ブックオフの店頭で手に取ったのだが、なかなかインパクトの強い本である。植物の見た目の違いには、生物の生き方の違いが反映されていると著者はいう。どうして根っこはもじゃもじゃしているのか、なぜ丸い葉っぱとギザギザの葉っぱがあるのか、等々。形を機能から考えることだと。また、遺伝情報の多様性については、植物と病原体とのセキュリティの戦いであることを示唆している。いま、コロナ渦でウィルスとの厳しい戦いを強いられたわれわれ人類にとって、もっとも共感できることだ。



普遍性をもつ性質は、多くの植物がそうでなくてはならない理由があるはずだという。たとえば、葉っぱが平たいこと ―― ここにも、本質的な機能的制約が隠れているはずだ。このテーマは、光エネルギーを効率よく集めるために、多くの植物の葉は平たいというのが理由だ。根はなぜ「もじゃもじゃなのか」を考えてみよう。根の機能は水と栄養分を細胞の表面から吸収すること。だから表面積の広さがポイントになるだろう。細い線状の構造であれば、ある程度の表面積を確保できる。ばらばらにもならず、さらに土の中に新たに伸ばすことも難しくない。表面積を稼ぐには、もじゃもじゃにするしか手段がないのだ。
ほとんどの植物は根の周りに菌根菌と呼ばれる微生物を共生させている。植物にとってのプラスは、根の表面に取りついた菌根菌が吸収するリン酸などの栄養となるイオン。一方、菌根菌にとってプラスになるのは、植物から供給される有機物だ。根粒菌というのがいる。窒素は空気の8割を占めるのだが、植物はこの窒素を自分たちが使える形に変えることができない。根粒菌は、まさにこの窒素固定ができる。共生関係だ。

植物には根粒菌対策のため、セキュリティシステムが組み込まれている。これが甘いと根粒菌の代わりに、窒素固定はしないで有機物の横取りだけするような細菌が入り込む可能性があるからだ。根粒菌が植物に最初に取り込まれる過程(感染という)で、あらかじめ決められた「合い言葉」を使って、部外者を排除するために双方向のやりとりを行う。例えば、あるマメ科植物は特定の根粒菌にしか感染しないという、一対一のペアで高いセキュリティーを実現している。

花の形や色は植物の種類によってそれぞれ違い多様性に富んでいる。きれいな花をつける植物の多く(被子植物)は、花弁とがく、めしべ、おしべを持っている。めしべの基部にはやがて種子になる部分の胚珠がある。おしべの先端には花粉を含んだ袋である葯やくがある。花粉と胚珠を離して配置しているのは、花粉がそのまま胚珠に届かないようにしているのか。ある花の花粉が別の花の胚珠に届くためには、何らかの輸送手段が必要。その輸送手段が花の形を決めているといってよい。きれいな花の多くは虫媒花であり昆虫との共生関係が潜んでいる。植物は蜜を提供し、お返しに昆虫は花粉を運搬する。ある植物の花粉が別の個体の胚珠に届けば、異なる植物に由来する遺伝的な情報がひとつの種子のなかに、混ぜ合わせられることになる。この結果、遺伝情報の多様性が大きくなることが期待される。

遺伝情報が多様だと何か良いことがあるのか。ひとつの説明では、環境が変動してその生物にとって生存が不可能になるような危険にさらされた場合にも、多様な個体が存在していれば、ある割合の個体は生き延びられるだろうというもの。何百年年に一度という環境の大変動の場合、個々の生き物が大変動を経験する機会はほとんどないだろう。大変動が起こったときに有利になる個体がいたとしても、それは大変動が起こらない条件下では不利になる場合がほとんどだ。

多様性があると有利になる典型的な例は、病原体との戦いだ。インフルエンザとかコロナの流行を考えるとよくわかる。病原体は、人間が予防接種を発達させても、自らを変化させることによっ防御網をかいくぐっげ感染する。感染しないようにするためには感染される側も変化しなくてはならない。細菌ならともかく、動植物のように一世代が長くなると、すぐには変化できない。そこでその種があらかじめ多様性をもっていれば、多くのものが感染しても一部のものは違う特徴をもっていることにより、生き残れるかもしれない。致命的な感染の場合は、その種が絶滅しないためには多様性が必要になるのだ。

頻繁に起こる環境変化と違うのは、病原体に対する防御には終わりがない点。多様性があるために、一部の個体がある病原体に対して生き残ったとしても、そのうちその病原体は変異してその残った個体に感染するようになる可能性がある。そのような事態を避けるためには残った個体のなかでまた多様性を確保して置く必要がある。生物同士の競争があるときには常に多様性を維持しなければならないわけだ。多様性を維持するためには同じ個体の花粉と胚珠が出会うのではなく、別の個体から花粉を胚珠に届けることによって遺伝的な多様性を生み出す必要がある。子孫をのこすためには少なくとも2個体が必要になる。多様性はただで維持できるものではなく、それなりのコストがかかる。多様性は犠牲にしても、コストを省きたいという戦略もありえる。ひとつの戦略は単独の花で種子をつくる自家受粉だ。


◆『植物の形には意味がある』 園池公毅(そのいけ きんたけ)、角川ショフィア文庫、令和4(2022)年/12月

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