■ 『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』 鳥類は恐竜から進化してきた  (2019.11.1)





ユーモア豊かな筆者の語り口にのせられて、次々とページをめくってあっという間に読み通してしまった。ダーウィンの言う「進化」とは何かを知るためにも、小中学生にとっても楽しく読める本ではないか。


鳥類は恐竜から進化してきた」というのが本書の大前提とのことだ。恐竜図鑑すらのぞいたことがないのに、ちょっとびっくりする言葉である。生物学の世界では常識らしい。鳥たちは恐竜の末裔というわけだ。それに、かつては恐竜といえば、大きな尾をズルズルと引きずっていたはずだ。いま恐竜図鑑では、尾を体の後ろに水平に保った状態で疾走している。新しい知見がいろいろあるようだ。恐竜というグループは1億5千万年の長きにわたり、地球上に存在した。一方、我々ホモサピエンスの歴史はたかだか20万年しかすぎないのだ。


1861年ドイツの片田舎でシソチョウの化石が見つかった。鳥と同様に羽毛を持ち、爬虫類と同じく骨のある尾と歯のある口があった。これが恐竜起原説の発端となったのだ。1996年にはついに中国で羽毛の生えた恐竜――シノサウロプテリクス――の化石が見つかる。恐竜からDNAを取り出して鳥と比較することはまだ成功していない。しかし、コラーゲンの分析とかは行われている。アミノ酸の配列では、ティラノサウルスはワニやトカゲよりもニワトリやダチョウと近縁であることが明らかになった。分子生物学的に初めて類縁性が示唆されたのだ。鳥の体には進化の歴史がぎゅうぎゅうにつまっている。

鳥の体は、なにより翼があり飛ぶためにできている。効率よく空を飛ぶためには、体が軽くなくてはならない。鳥の体は徹底的に軽量化されている。脚は非常に細い。あしゆびは脚の根元からつながる腱で操作されていて、筋肉が省略されている。軽量化の最大の特徴は骨にある。頑丈な太い骨に癒合することで頑健性を達成し、同時に骨の数を減らしている。鳥が卵生なことも、空を飛ぶものにとって有利な性質だ。受精卵をとっとと体外に出すことで早期に軽量化できる。

飛翔に欠かすことができない羽毛だ。翼に生えた長く大きな風切羽は軽くて丈夫で、羽ばたきや滑空により揚力を生み出す。自在に空を飛ぶ原動力となる。羽毛は恐竜時代に発達したと考えられる。羽毛の機能は、第一に保温、捕食者からのカモフラージュなど。最初は飛翔以外の機能のために進化してきた羽毛の一部がだんだんと大型で丈夫になることによって、飛翔にも役立つものになってきたのだ。

鳥類が空に進出したとき、すでに翼竜が空を支配していた。翼竜は皮膜を利用して飛行する(ムササビとか)。皮膜に比べ羽毛は優れた飛行器官である。強度をもちつつ、とてつもなく軽い。さらに利点となるのは、使い捨て方式にある。1年に1回、羽毛を入れ替えて、新たなきれいな羽毛を手に入れられる。羽毛の構造は、一枚板ではなくバラバラの積み重ねである。この重ね合わせにより、翼の形状を連続的に変化させることができる。翼面積は、重なりを大きくすれば小さくなり,重なりを小さくすればより広く翼を広げることができる。翼面積は飛行性能に直接関わるため、微調整しやすい羽毛は都合がよい。より飛行に適した形態をも鳥類に徐々に制空権が翼竜から移動していったのだろう。

鳥は進化の過程で歯を失ってしまったので多くの食べ物を丸呑みする。食べる対象物によってさまざまな形のくちばしを進化させてきた。鳥は恐竜に比べてより小さいので、主な食料は昆虫やトカゲなどの小型の動物である。大動物のように、引き裂き噛みちぎる必要はない。くちばしは、手+口の役割をはたす。むしろ手の代用品として生まれたというべきか。鳥はなぜあれだけ器用に巣を作り上げられるか。ここにも、くちばしの存在が関わっている。細くて長いピンセットのような形をした、この特殊な器官によって細い枝や葉の繊維をつまみあげ巣を編み上げる。鳥のくちばしはは完全飛行生活のシンボルである。

恐竜は中生代の地球に君臨した王者であった。体の大きさゆえに生態系に占める彼らの生物量は相当に大きかった。体重5トン程度のアフリカゾウは1日に100キロ以上の食物を食べる。大型の竜脚類や鳥盤類はそれと同等かそれ以上の食物を食べていただろう。ゾウと同じ体重比で食べたとすると1日800キロだ。樹上は首が届く範囲では細枝まで食べ尽くされ森林もスカスカで明るい疎林となったにちがいない。植食恐竜の影響は、たとえば竜脚類の排出するゲップによるメタンガスの発生量を見積もった研究があるほど。温室効果ガスの発生源として、世界的な温暖化をもたらした可能性もあるという。

今から6600万年前の白亜紀末、恐竜時代が突然に終わりを告げた。被子植物やアンモナイト、翼竜、首長竜などさまざまな分類群でも絶滅が起こった。最も合理的に大量絶滅を説明しているのはメキシコのユカタン半島のクレーターを生み出した巨大小天体衝突である。衝突による衝撃は大地震を引き起こし、巨大クレーターに海水が出入りすることで大津波も発生した。噴出物は地球全土に気温上昇をもたらした。鳥類や哺乳類、昆虫などの一部は、かろうじて最初の大災害を生き延びることができた。衝突により巻き上げられた微粒子は大気中に漂う。太陽光が遮られ寒冷化が生じる。光合成を行う植物たちが大打撃をうけた。植食性の恐竜にとっても大切な資源。昆虫を食べる小型捕食者、小型捕食者を食べる中型捕食者、さらにその上に立つ肉食恐竜たちに影響を与えた。

腐食連鎖に頼る生物――哺乳類や鳥類――は生きのびることができた。体が小さく被支配階級に属していたことにもよる。彼らが小さかったのは大型恐竜が世界を支配していたからにほかならない。生命が生まれてからの長い歴史のなかで数多くの絶滅と繁栄を繰り返してきた。絶滅の原因はさまざまだろうが、巨大隕石が飛来する可能性が大きい。いつか必ず次の一撃が地球にお見舞いされることになるだろう。そして新生代は終わる。


◆『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』川上和人、新潮文庫、平成30年/7

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