■ 朝日新聞から (2004.4.19)

2004.4.14付けの朝日新聞に内田光子のインタビューが掲載されていたので、紹介しよう。

 「今、何を捨てても弾きたいのがベートーヴェン」だという。

 「これを演奏会で弾くようになって、ある瞬間にひらめいたんです。ここには宇宙全体を見極めてしまったような世界がある」 (最後の3つのソナタへの言及であろう)

「ベートーヴェンという人は偉大で、恐ろしく強いんです。彼の世界には、地獄にいて天国が見える強さがある」

……CD録音の発表が待ち遠しい!


■ 内田光子の弾く ベートーヴェン最後期のピアノ・ソナタ (2004.4.12)

内田光子の弾くベートーヴェンを聞いた。2004年3月29日(月) サントリーホール。
  ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 op.109
  ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 op.110
  ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 op.111

2時間に満たないコンサートであったが、ひょっとして最近では音楽的密度の一番高かったコンサートだったかもしれないと思った。ベートーヴェンの最後期のピアノ・ソナタ。3曲の連続演奏は初めての経験である。初めに30番と31番、休憩をはさんで32番。

内田は、ピアノの前に座ると、即座に緊張の幕を切って一気に弾き出す。儀式は何もない。これが私のやり方といわんばかりだ。弾き終わった後には十分な余韻。3曲を通して、大冊を読了したような演奏者からのメッセージがあったはずだが、私には聞き取る力はなかった。

最初の30番。なにげない懐かしい響きから始まる。やや深刻な第2楽章。第3楽章、ゆったりとした祈りにも似たテーマで開始、変奏が繰り返され様々な彩りが入れ替わる。そして最初のテーマに回帰して沈静する。内田の特長とぴったりマッチングした鮮やかな演奏だった。

31番。荘重な音楽だ。特に第3楽章。内田には何となくフーガは似合わないというのは、無責任な感想か。32番は、いかにもベートーヴェンらしい剛直な音楽。運命を思わせる強いアタックで開始。ダイナミックレンジも広い。内田の打鍵もピアノの響きが飽和する感がある。一転して第2楽章は瞑想的だ。最後は静かに消え入るように終わる。

座席はステージ裏のP席。残念ながらピアノの響板が客席の方を向いているので、美しい響きを堪能することはできない。そのかわり、指の動きはピアノに隠れてしまうが、表情とか弾きぶりははっきりわかる。ブルーのステージ衣装が素敵でした。

どうでもいい話。当夜のプログラムでも、パンフレットでの紹介は作品番号だけだ。例えば、ピアノ・ソナタ ホ長調 op.109とあるのみ。「第30番」とは併記しない。この頃は、モーツァルトの協奏曲にしてもケッフェル番号だけで、協奏曲番号を敢えて表記しないのが目立つ。いかにも衒学的、ペダンチックではないか。第30番と書いた方が、覚えやすいし、ピアノ・ソナタ全体のボリュームとその中での位置付けがはっきりと分かる。ベートーヴェンがピアノ・ソナタを32曲しか書かなかったことは、私でも知っているのに。


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