■ 松岡和子さんの「菊池寛賞」の受賞が報じられた  (2021.12.10)

以下は産経新聞(2021.12.10)から

● 「仕事すべてひっくるめての賞」 小川洋子さん、松岡和子さん万感 第69回菊池寛賞贈呈式
優れた文化活動に贈られる第69回菊池寛賞の贈呈式が東京都内で行われ、作家の小川洋子さん(59)、翻訳家で演劇評論家の松岡和子さん(79)が喜びや抱負を語った。

「これまでの自分の仕事すべてをひっくるめて賞をいただくのは初めて」と喜んだ小川さん。30年余りの創作活動を通して、静謐(せいひつ)で美しい小説世界を築き上げ海外でも評価は高い。

小川さんは自身の歩みを「毎日がスランプ。1行1行がスランプ」と形容しながらも、「不思議なことに絶望したことがない。『もう駄目だ』というところで編集者や文学の神が、私が気づかなかった所に、ほのかな光を当てて書くべきものを指し示してくれた。それは神秘的な体験で、自分以外の何者かが書いたような感触を覚える」と文学の奥深さに思いをはせていた。

一方、松岡さんは、日本人で3人目となるシェークスピア戯曲の個人全訳を今年完結させたことが評価された。「翻訳は原文がないと成り立たない」という松岡さんは、「どういう日本語にしたら一番聞く方、読む方の心が動くか。すばらしい言葉で常に私を?(か)き立ててくれた」と文豪シェークスピアへの感謝の言葉も忘れなかった。


■ 翻訳家・松岡和子の挑戦 シェークスピア全訳   (朝日新聞2021.6.4)




■ 『ヴェニスの商人』 シャイロックは何歳か (2013.7.31)


訳あって、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』を読み直した。あまりにも有名な作品。
あらすじは、教科書にも載っていたので、存分に承知している。残念なことに、この年齢になってしまうと、本文を隅々まできっちりと読み通すという根気がない。思わず本文よりも、訳者の脚注の方を楽しんで読んでしまった。手にしたのは松岡和子訳のちくま文庫版である。

脚注からは、ローマ/ギリシア神話とか聖書由来のことば――隠喩と言うべきか――が頻出するのに気づかされる。それに性的な隠語表現とかも。この『ヴェニスの商人』も『ロミオとジュリエット』と同じように、イタリアの小説(『イル・ベコローネ』とか)が元ネタ(材源と言うらしい)とのことだ。

翻訳では登場人物の年齢設定が気になるものだ。この『ヴェニスの商人』では、シャイロックが気になる。かなりの年寄りだろうと、ずっと感じていたのだが。松岡訳では、シャイロック自身を表すときには、「私」とか「俺」を採用している。今まで、他の本ではどれも「ワシ」だったような覚えがある。

「俺」とか「ワシ」という人称表現が、その人物の人格表現にまで影響を与えるようだ。「俺」の場合には、シャイロックの人物イメージが、いかにも壮年のエネルギーに満ちあふれた力強いものとなる。一方、「ワシ」の場合には、いまや老年に達した、奸智にたけたユダヤ人を彷彿とさせる。松岡訳では、誠実かつ魅力的な人物像として提示されるアントーニオと対比させるために、シャイロックに「俺」と言わせたのであろうか。

やはり、この『ヴェニスの商人』は、ユダヤ人のいじめ物語だなと、感じる以外になかった。あまりにも単純な読後感かな。


◆ 『ヴェニスの商人』シェイクスピア全集10、松岡和子訳、ちくま文庫、2002/4

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