■ 『教育は遺伝に勝てるか?』 トンビがタカを生む (2024-3-14)
「生まれか、育ちか」とは、永年にわたり論争が繰り広げられたテーマだ。本書は「行動遺伝学」に基づいて結論を出している。「生まれが9割」は否定できないという。腰帯のキャッチコピーには「もって生まれたもの」を最大限活かして、いきていくための方法とある。行動遺伝学とは行動に及ぼす遺伝の影響を明らかにする学問。ヒトの行動の個人差に遺伝がどの程度、どのように関わっているいるかを解き明かす学問。行動とは、知能、学力、パーソナリティ、精神病理、反社会性など、心の働きが生みだすあらゆる側面をさす。
「遺伝は教育を打ち負かすほど強い」という結論ではない。教育が遺伝的素質に文化的環境を与えてくれるからこそ、遺伝が表現される場がつくり上げられるのだ。「遺伝をこの世界で形にしてくれるのが教育だ」、「教育なしに遺伝は姿をあらわさない」と。ヒトは教育する動物であるという。教育とは学校教育に限らない。誰かが創り出した知識を、みんなで共有できるように学習を促す行動の全てをさす。
これまでに著者は、1万組を超すふたごの協力を得て、人間行動への遺伝の影響を明らかにする研究に従事してきた。ふたごのライフヒストリーをうかがうと、遺伝子が全く同じ一卵性双生児のきょうだいの人生経験がしばしば実によく類似していると驚かされたそうだ。きょうだいの類似性は遺伝子がただ顔や形だけでなく、物事に対する関心や好きなことの方向性、発揮される能力、他人との関係の作り方など、心の働きの部分にまで、何らかの形で影響を与えているのだ。
行動遺伝学的視点に立つと、ヒトはどんなときでも環境の言いなりに生きる存在ではなく、遺伝の影響を受けながら環境に対して能動的に自分自身をつくり上げている存在。行動遺伝学の第一原則は「いかなる能力もパーソナリティも行動も遺伝の影響を受けている」だ。
子どもの能力や性格など、心や行動にかかわるあらゆる側面に遺伝の影響が無視できない。ヒトの脳のつくりも、一人ひとり異なる遺伝の影響を受けている。そこから生みだされる心の働き方や能力の発揮の仕方もその人特有の特徴を持っているという。
本書の特徴は、一卵性双生児の「聞き書き」によるライフヒストリーの紹介があること。行動遺伝学の新たな方法論でもある。一人ひとりが自分の遺伝を、教育を生かしながら表現し、人生を作り上げていく様子をリアルに感じ取れる。「遺伝の影響を示す事例」として描かれている。
【ひとつの事例を紹介しよう】
《写真に目覚めたふたご KさんとYさん》
どちらも子ども期から青年期まで、他人からの評価に過剰に反応して自尊心をもてないまま不器用に過ごしていた。あることがきっかけで、いま写真家の道を歩んでいるそうだ。
中学では2人はサッカー部に所属していた。異常に監督の顔色とかにめちゃくちゃ敏感に反応。試合も出たくなかった。怒られるのが嫌だった。ミスをすれば、罵声を浴びせる。お前のせいで負けたとか。なんか出たくないな、すげえ逃げていた。2人とも、「俺たちうまくいってないな」と。
2人に留学先で衝撃的な出会いがあった。Yさん:なんとか自分を変えるためと思い立ってイギリスに短期留学する。アンティークショップで1台のカメラと衝撃的な出会い。いままで悩んでたことが一瞬でパターンってなったよう。写真を撮ってたら、サングラスかけたみたいな感じで抑えられて、いままで見えてなかったものが見えてきたよう。
Kさん:文系大学に進んでいた。Yさんのそうした経験を知らずにイギリスのYさんをたずねた。Yさんの撮った写真をみた瞬間に、Kさんも同じような衝撃的経験を!なんか俺がやりたいのはこれじゃないかって。
2人の人生は大きく変わり、いま写真家として活動を始めている。こうした行動の類似現象は遺伝子による可能性が十分に考えられる。
◆ 『教育は遺伝に勝てるか?』 安藤寿康、朝日新書、2023/7
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