■ 『生物学的文明論』 生物学的発想が人類の危機を救えるか (2011.9.12)




自然科学の中で、生物学は例外的に意味を問える学問だという。たとえば生物学は「なぜチョウに羽があるの?」「なぜ羽はひらべったいの?」という「なぜ」に答えられる。だから生物学を手がかりとして、理科の世界に子供たちを導き入れるのは良い方法だと、生物学者の著者は言う。理科離れを止めるには、生物をしっかり教えるべきだと。

いま人類が直面している深刻な問題に、環境、資源枯渇等々がある。現代社会は、数学・物理学的発想を基盤とする技術が作り上げたものであるが、一方で環境問題などを生み出している。本書のテーマは、生物学上の事実をもとにして、これらの問題に解決の糸口を考えてみようというものだ。

環境問題は生物多様性の保全に見られる。サンゴ礁を考えてみよう。褐虫藻(かっちゅうそう)はサンゴの細胞の内部に棲む藻類である。サンゴが呼吸で吐き出した二酸化酸素を褐中藻が光合成で使う。逆に光合成で生じる酸素をサンゴは褐中藻からもらう。たがいに共生の関係にある。リンや窒素についても、サンゴと褐中藻は、栄養素のリサイクルを効率よく実現している。共生は微妙なバランスの上に成り立っているのだ。

いまやサンゴ礁は危機に瀕している。ひとつは人口の増加による排水からの海水への有害物質の混入だ。それと二酸化炭素の多大な放出。海洋の酸性化と温暖化とがサンゴ礁に重大な影響を与えている。多様な生物とのつながりが断たれたら人間は生きていけない。現代の技術社会の矛盾が多様性の保全の問題に現れている。

生物の重要な特徴は環境に適応していること。つまり環境にやさしいこと。「人にやさしい」とは「生物であるヒトのデザインと大きくは違わない」と言い直せるだろう。著者は、これからの技術は生物のデザインをふまえたものとなる必要があると言う。そうなれば、狭くなった地球の上で、多くの生きものたちと、共に生きていくことができる。

日本人は仏教でいう輪廻転生に親しい。個人にとって寿命は1回きりで繰り返しのきかないものだ。しかし、親が生まれて死んで、子が生まれる、そして孫が生まれる、という世代交代の繰り返しの単位を寿命だと考えられる。生物的時間は回るのだ。個体の一生の時間は一方向に流れ元には戻らない。しかし世代交代の視点からは時間はクルクル回って元に戻る。生物はエネルギーを注ぎ込むことにより時間を戻していると言えよう。

身のまわりのほとんどの機械が、エネルギーを使って時間を速めるものばかりだ。飛行機、携帯電話、自動洗濯機、……。地球温暖化も資源エネルギーの枯渇も、じゃんじゃん石油を燃やして時間を速めているのが原因である。現代人は、より速く、より長生きにと、時間の欲望を満たすことに莫大なエネルギーを使ってきた。その結果、温暖化が起こり資源も枯渇する。

時間をもう少しゆっくりにして、社会の時間が体の時間と、それほどかけ離れたものではないようにする。そうやって時間の速度をデザインすれば、温暖化もエネルギー枯渇の問題も解決するだろう。環境問題は自分自身の問題として考えるのだ。日本も地球も私の一部として広くとらえること。


◆ 『生物学的文明論』 本川達雄、新潮新書、2011/6

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