■ 『塩の世界史』 歴史を動かした小さな粒  (2014.11.19)




「塩」が人類の生存に欠かせないものであることは間違いない。人類の歴史で、は様々に扱われてきた。あるときは、戦略物資として、あるときは税を取り立てる対象として。
本書は、塩を主題にした、大部のノンフィクションで、上・下の2巻構成であるが、手に入れたのは下巻だけだ。下巻だからこそ、鳥瞰的な視点で書かれているのかなと、期待していた。確かに著者の視点は広く、古代から現代史までを縦断している。塩にまつわるエピソードが豊富である。

<本書では、各種データに言及している箇所が多いのだが、いつのどこの統計データを参照しているのだろう>


現代では、塩をあからさまな形で扱う機会は、減少しているという。アメリカの塩の需要に関しても、現代の主な用途は道路の凍結防止とのことだ。日本ではソーダ工業用が8割を占め、あとは一般工業用が5パーセント、食品加工用が10パーセント強、家庭用はわずか4パーセントとのこと。食塩は塩の主役の座から降りた。また、塩鉱の核廃棄物の廃棄場や石油の備蓄場としての利用法など、かつては考えられなかったものだ。

古代のアテネ、ローマ。今日のメキシコ、中国といった専制国家には塩税があった。フランスの塩税「ガベル」のように、塩税は専制君主制に結びつくものだ。貧しい農民にも富裕な貴族階級にも同額を課すカペルは忌み嫌われた。基本的な食品である、塩が高価になってしまう。1789年のフランス革命では、革命議会はガベルを廃止した。しかし、1804年にナポレオンが皇帝の座につくと、ガベルは復活した。

塩を持たずに戦争に突入するのは絶望的状況だ。ナポレオンがロシアから退却したときには、何千という兵士が軽傷がもとで死んでいる。消毒用の塩が足りなかったからだ。医療や糧食だけでなく、軍用馬や食用の家畜を養うためにも塩は必要である。1812〜15年の米英戦争では、イギリス軍はマサチューセッツを封鎖し、塩がボストンやニューヨークに届かないように遮断した。米英戦争が終結すると、アメリカは、五大湖を結ぶ運河計画を進め、1825年には開通させた。運河ができると、製塩の町サリナから、ニューヨーク市まで安い運賃で塩を運べるようになる。運河はアメリカの塩の黄金期の幕を開けたのだ。

南北戦争でもまた、塩は戦略物資として注目されることになった。南軍の弱点は、武器産業の欠除だけではなく、塩の生産量の不足にもあった。すでにアメリカは、巨大な塩消費国となっていて、まだ外国産の塩に頼っていた。輸入した塩の行き先はほとんどが南部だった。北軍のほうは概して大量の装備にめぐまれ、糧食には塩、塩漬けの肉などが含まれた。1861年、南北戦争勃発すると、リンカーンは南部の港すべてを封鎖した。南部の塩不足が戦略上有利に働くことを、北軍は知っていたのだ。

産業革命初期から、食用の塩が、だんだん主要な座から降りていった。20世紀に入ってからは、魚を保存するにも、塩漬けに代わって、冷凍する方法が普及してきた。アメリカでは、急速冷凍術が発明され、バーズアイ方式で作られた冷凍食品は広く普及する。

世界一塩を食すのは日本人だが、中国人も同じくらい、1人あたり9キロ消費するのではないか。野菜や魚や肉を塩漬けで保存するために大量の塩を使うからである。日本は、湿気が高く台風や洪水にみまわれるため、製塩はコスト高で生産性が低く、輸入塩に頼ってきた。1905年、政府は塩専売法を施行し、製塩を管理した。日本専売公社が価格を設定し、輸入を廃止した。塩の摂取量は、世界的に減少傾向にある。ヨーロッパでは20世紀の塩の摂取量は19世紀のほぼ半分になっている。だが、塩ダラ、塩漬ニシン、ハム、ソーセージ、もはや必要とは思われない食品が今でも愛されている。

世界保健機構とユニセフは甲状腺腫(甲状腺肥大)の防止のために、食塩にはヨウ素を入れなければいけないと勧告している。誰もが食塩を摂取するから、ヨウ素の摂取源としては理想的なのだという。アメリカの塩は通常、ヨウ素を加えてあるそうだ。イギリスでは添加していない。


◆ 『塩の世界史 歴史を動かした小さな粒 (下)』 マーク・カーランスキー/山本光伸訳、中公文庫、2014/5


■「中国が塩の専売制廃止」との新聞記事 (2014.11.27)
王朝の興亡担って2700年、中国が塩の専売制廃止へ◆中国政府は、国有企業が独占する塩の専売制を廃止する方針を明らかにした。複数の中国メディアが報じた。塩の販売益を公費にあてる政策は紀元前7世紀にさかのぼるとされ、廃止されれば約2700年の歴史に幕を閉じることになる。◆中国の塩の販売は、もとは政府の一部門だった国有企業群が独占している。中国紙によると、政府は2017年までに段階的に制度を廃止し、販売を自由化する方針だ。省をまたいだ販売ができないことなどが、時代にそぐわないとメディアからも疑問の声が上がっていた。◆中国ではいまの山東省にあった斉の国で春秋時代の紀元前7世紀ごろ、名宰相として知られる管仲が、政府の収入を増やすために塩の専売を提案したとされる。3世紀の三国時代には蜀の諸葛亮も導入するなど、各王朝が財政を豊かにしようと採用してきた。官に独占された塩の値上げをきっかけに反乱が起こり、王朝が滅びることもあった。◆現代の中国では酒の専売制が1979年以降、段階的に廃止される一方、塩については制度が維持されていた。ただ、政府の収入に占める塩関連の比率は大きく下がり、制度を続ける意義は少なくなっていた。(朝日2014.11.27)

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