■『地図を作った人びと』 不屈の精神で挑んだ (2013.3.12)





ちょうど日野原重明*さんのエッセイで伊能忠敬の偉業を読んだばかりだった(「101歳・私の証あるがま々行く」朝日新聞2013.3.9)。伊能忠敬が幕府の命を受け日本全国の沿岸測量を終えるのに、56歳から72歳までの17年間を要したとのことだ。実に長い刻苦の日々。これらの積み重ねが正確な日本地図の礎を築いたのだ。(*聖路加国際病院理事長)



地図製作は、基点を測量しながら、一歩一歩データを積み重ねて地図の領域を広げていく、果てしなく地道な作業が求められる。同時に製作者は未知の世界に挑む不屈の闘志をもった探検家でもある。本書は、地図製作にまつわる人びと――プトレマイオスやメルカトル、コロンブスなど、さらにはレーザーを応用した測距離機の発明者までをも取り上げ、科学・技術史的な観点からスポットを当てている。原著は1988年の刊行。地図の文化史と言ってよいだろう。500ページを超す大著。

地図は情報伝達の最も有用な形式として発展してきた。1枚の紙に、個人の知識を伝達可能な情報に転写することが地図づくりの基本である。地図の起源は、おそらく文字が生まれる以前のことだろう。アポロ11号の月面着陸では、月面図――コンピュータシステムを導入し何百人もの科学者や技術者を動員した――をたよりに、宇宙飛行士は初めて地球外の土の上を歩いたのである。紀元2世紀のプトレマイオスは、世界は3つの大陸――ヨーロッパ、アジア、アフリカから成ると考えた。このアイデアは中世まで引き継がれコロンブスのような冒険家を未知の海へと駆り立てた。14世紀のカタロニア地図にいたって、ようやく、地図は情報を伝達する媒体となった。通商や旅の案内として役立つものとなった。

15世紀半ばには印刷術が普及し、ヨーロッパ人の精神は海の彼方の未知の世界を志向するようになる。ポルトガルのエンリケ王子(航海王子)は広域にわたる探検隊を組織し船の研究も進めた。大三角帆をもつ帆船によって未知の世界へと挑んだ。遠征隊はアフリカ沿岸を探検し西アフリカ沿岸の正確な地図を完成した。やがて大航海時代が到来する。ガマは喜望峰をまわりインド西岸のカリカットに着きアジアへの航路を発見した。コロンブスはアメリカ大陸に到達する。マゼランは太平洋に至りフィリピン群島を発見する。マゼランの航海によって地球が球体で周航できることがはっきりと証明されたのだ。

メルカトルは16世紀の地図学者。丸い地球を平面に移しかえ、2点間に直線を引けば、航行するための進路が即座に判明することを目的として、地図投影法を改良した。追求したのは、曲線である航程線をより簡単に直線に変換する方法だった。このメルカトル地図投影法は、現在もっとも普及しているものだ。欠点は、南北の極に近づくと歪みが大きくなること。

測量法の改良が進み、三角測量が地図製作の近代化の決め手になってくる。これは幾何学の単純な原理――三角形の一辺と二角が既知であればあとの数値も決定される――に基づいている。平板を用いて、遠くの地点を交差する射線でとらえる。あらかじめ長さが測定されている基線の両端の点から遠くの目標を視準して三角形を構成するのだ。ルイ14世はフランス全土を地図に表わすことを実現した。その地図は大がかりな三角測量をもとにしていた。

1707年にイギリスの軍艦がシチリア島の沖合で遭難し多くの乗組員が命を落とした。原因は船の経度がわからなかったことである。地図の整備と正確な経度測定が求められた。ロンドン議会は、経度測定法を発見した者に賞金を出すことにした。有望なのは船上でも使える正確な機械時計の開発。ハリソンは生涯の大半をこの課題に取り組んだ。最終的に完成した製品は50年におよぶ不断の労苦が刻み込まれていた。大きな懐中時計のような外観で直径は約12センチ。ジャマイカ行きの船でのテストは成功した。時計の誤差はわずか5秒だった。これは現代の航海用クロノメーターの原型となった。

19世紀の後半、地図学にも、国際的な標準が求められるようになった。1875年には各国の代表がパリに集まってメートル条約を締結した。長さの単位(メートル)は、北極から赤道までの子午線の長さの1000万分の1とすることになり、最終的な数値はダンケルク〜バルセロナ間の測量の結果によった。測量には7年間を要した。地図作成の対象は海底にまで広がった。世界最大の山脈や峡谷や平原はすべて海底にある。音響測深器が発達し海底の地形がより詳しく分かるようになったのである。何千もの火山が発見された。やがて、これらの発見は、現代のプレート・テクトニクス理論にまで発展したのだ。

地図製作にコンピューターが導入され様相も大きく変わった。1973年に、アメリカ海洋測量局は完全なオートメ化による第1号の航海図を出版した。海図づくりの作業は18カ月から6カ月へとスピードアップした。現在では、さらに高度なデジタル化システムが実用化されつつある。


◆ 『地図を作った人びと 古代から現代にいたる地図製作の偉大な物語』 ジョン・ノーブル・ウィルフォード著/鈴木主税訳、河出書房新社、、1988/5(初版)

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