Ⅱ 基本原則:情報の正確な伝達

 1.悪文から明文へ
◇明文:正確性・十分性・伝達性・作文ルール

 2.日本語の特質
 ◇根本的な性質が文末で決まる

 3.基本原則:情報の正確な伝達
 ◇5つの基本原則
  冒頭案内:はじめに案内図を示す
  重点先行:最初の3行で勝負する
  三等分割:分ければ分かる
  短文連結:ショートパスでつなぐ
  主題再現:時間を置いてくり返す
 




1.悪文から明文へ

書くことは情報伝達行動である(『知的生産の技術』から)。ところが、書き手が伝えようと思った情報が読み手にうまくスムーズに伝わらないことがある。伝達の過程で情報が失われてしまうのだ。先に挙げた技術文書の基本要件――正確性・十分性・伝達性・順法性――が満たされない場合である。この情報伝達の阻害要因で、いちばん大きなものが、文章自身の問題すなわち悪文である。
技術文書の要件を満たしている文を、悪文に対応させて、本テキストでは明文と定義しよう。

よほどの達人でない限り一般人の書いた文は、書き終わった直後は悪文である。書き流したままでは、道筋がはっきりしなかったり、独りよがりの文章であったり、記述ミスがあったり、誤字・脱字がそのままだったりする。このために書き手の意図する情報が、素直にすっきりと読み手に伝わらないのである。


悪文とは、例えばこんな様子である。
①分かりにくい:文が長いため、ひと息にすっと理解できない
国際通信の世界では、衛星などに比べて容量が大きい上に、とくにデータ通信では極めて重要な途中での情報劣化が少ないという利点を持つ光ファイバー回線を介したものが先進国では主流になりつつある。
    ……どこが主語だろう?

②誤解を招く:修飾関係が入り組んでいる
ROEは売上高利益率と資産効率を示す指標である総資産回転率、借入金依存度を示す財務レバレッジの3つを掛けたもの。
    ……ROEはどうなるのか?

③あいまいである:否定文はあいまいになりやすい
    MacはWindowsパソコンのように使いやすくない。
    ……Macは使いやすいのか?

④必要なことが抜けている:肝腎なことが書いていない
Excelの関数には相関係数の計算が用意されているが、製品事故の原因分析に適用するには未だ不十分であり自分で計算する必要がある。
    ……どの関数を使えばよいのか?

⑤内容が難しい:読み手の理解レベルを超えている
アレニウスの法則から導かれるように、DVDメディアの化学反応の進行速度は温度に依存するものとして予測される。
    ……アレニウスの法則とは何か?
⑥作文ルールに違反している:主語と述語の対応関係ががねじれている
この講座の主旨は、文章を書く場合には、自分の考えを分かりやすく、正確に書く必要があるために開設されています。
    ……主語は、講座か主旨か?


技術文書の要件と、その要件が満たされないときの悪文を対比させれば下表のようになる。
悪文の要因は、基本要因、人的要因、ルール違反におおよそ分類できるだろう。基本要因とは文の物理構造(長短・修飾関係)に起因するもの。人的要因はヒトの認識能力に関係するものである。

技術文書の要件  悪文の生まれる要因  必要な情報が読み手に伝わらない 
正確性
明快に
【中途半端な理解に止まってしまう】
①分かりにくい
ひと息にすっと理解できない
文が長い・構造が複雑で入り組んでいる
②誤解を招く
修飾関係が複雑
③あいまいである
あいまい語を使っている
否定文のあいまいさ 
基本要因 
十分性
過不足なく 
【情報が足りない】
④必要なことが抜けている
肝腎なことが書いてない 
人的要因
伝達性
相手とのレベル一致 
【読み手に理解されない】
⑤内容が難しい
ハイレベルで理解できない
読み手の理解レベルを無視している 
人的要因 
作文ルール  【誤解される危険性がある】
⑥作文ルールに違反
  誤字・脱字・かな漢字変換ミス
  同音異義の使用ミス
  主語と述語の対応のねじれ
  照応関係がミスマッチ
  読点の使用法が不適切 
ルール違反 


ここに挙げた悪文の生まれる要因をひとつ一つクリアすれば、技術文書の要件を満たした文――明文――になるはずである。読むと直ちに中心テーマが、すっと頭に入ってくる明文が生まれるだろう。



【明文を書く技術】
明文を書くためには、第一段階として日本語がどのような特質を備えているのかを理解すること。第二段階は、悪文の生まれる要因――基本要因・人的要因・ルール違反――をそれぞれクリアすることである。

基本要因に対応する「明文を書く技術」は、文の構造を簡潔にすることである。また、人的要因への対応は、ヒトの認識メカニズムに則り、理解しやすいように書き方を工夫することである。

ルール違反を撲滅するためには、文を書いた後に見直しすることが最良の方法である。それも第三者に見てもらうのがよい。自分が書いたのは悪文である、という認識が必要だろう。自分が書いた文章の欠点は、自分ではわからないのである。ある人によれば、文章はカラオケに似ているとのこと。「他人が下手なのはすぐに分かるが、自分が下手なのは全然分からない」と。

悪文の要因  明文を書く技術  基本原則 
基本要因  文を短く
構造をすっきりさせる
短文連結
三等分割 
人的要因  ヒトの認識のメカニズムに則る  冒頭案内
重点先行
主題再現 
ルール違反  書いた後で見直す  見直しの視点 


上表に示す基本ルールは、次章以降で詳述するものである。
本書のテーマを再確認すれば、仕事を動かすことを目的として、明文を書く技術――いくつかの基本原則から成る――を習得することである。




2.日本語の特質

なぜ分かりにくいのか、なぜ誤解されるのか。悪文の根本原因には日本語の特質が関わっている。その特質を理解すれば、悪文を反面教師として、分かりやすい日本語を書くことができるはずだ。

日本語の特質とは…… ・根本的な性質が文末で決まる
    ・一つの名詞に複数の修飾語がかかる
    ・読点が大きな役割をはたす――2つの原則がある


【根本的な性質が文末で決まる】
日本語では根本的な性質を示す語(述語)が文の最後にくる。文で一番大事なのは、文末の述語である。文の肯定、否定、推定(未来)、回想(過去)、疑問など一番重要な判断は、文末で決定される。主語と、文末に来る述語との距離が離れてしまうと、文が分かりにくくなるのだ。

Javaが普及した一つの理由は、その安全性に加えて、Javaが新しい時代のコンピュータ・システムに必要な機能を先取りしているからである。

長い文では、この文の主題は何だったのかな、ともう一度前に戻って読み直すことさえある。次の例文を読んで、主語と述語の対応を一度で理解するのは難しいだろう。

ソフト開発の品質基準として脚光を浴び、いま日本IBMや日立などの企業が認定を得る準備を進めているCMMが、政府のシステム調達の入札基準に採用される見通しだが、ソフト開発の諸問題を解消する救世主になるかどうかは明言できない。

【一つの名詞に複数の修飾語がかかる】(日本語には関係代名詞がない)
日本語では、複数の修飾語(形容詞、形容詞句)が一つの名詞にかかることが可能である。このとき、修飾する言葉と、修飾される言葉の位置関係によっては別の事実を表すことになるので注意が必要である。修飾される言葉は、直前の言葉にもっとも強く修飾されるという性質がある。直前の修飾語の力が強いのだ。

事実:白い花瓶があって、そこに赤いバラが生けてある
 ○ 赤い バラの生けてある 白い 大きな花瓶 ……「白い」が花瓶にかかる
 × 白い バラの生けてある 大きな花瓶 ……「白い」がバラにかかる

形容詞はその直後の名詞を修飾する力が強い。(形容句+形容詞)と並べて修飾する場合は、形容句の方を先に出すこと。あるいは、長い修飾語ほど前に短いほど後に、というルールがある。

2台のパソコンにつながっているレーザー・プリンタ
→パソコンにつながっている2台のレーザー・プリンタ

日本語は複数の漢字をつなげて新しい語をつくる力(造語力)を持っている。しかし、あまりにも長い漢字の羅列は、意味を把握するのに一瞬とまどってしまう。漢字のつながりは最大3語ぐらいにして、途中に「の」を入れること。

・動作確認予定周辺機器
→「動作確認予定の周辺機器」 あるいは 「周辺機器の動作確認予定」
・禁酒運動撲滅対策委員会設立阻止同盟反対協議会 ……これは長い!



【読点が大きな役割をはたす】
読点は単に息継ぎのためだけに打つのではない。本来の役割は、読み手のために打つことである。読点の打ち方によっては、文意をより明確にしたり、まったく逆の意味にすることもできる。日本語では読点に大きな役割を担わせることができる。

例えば、「カネオクレタノム」という電文は、どこで文を切るかによって、全く文意が違ってしまう。「カネ、オクレ タノム」(金 送れ 頼む)ともなるし、あるいは「カネヲ、クレタ ノム」(金を くれた 飲む)とも読める。

次の例文はどうだろう、正解は 20か13か?
「7と3の2倍はいくらですか」
→読点を打つ 「7と、3の2倍はいくらですか」 ……答えは 7+3×2=13
「7と3の、2倍はいくらですか」 ……答えは (7+3)×2=20

読点を打つ目的は、あくまでも読み手にとってわかりやすい文を書くことである。主語の後ろに必ず打つとか、接続詞のあとに打つとか、一定の規則で拘束することはできないだろう。

本多勝一は『日本語の作文技術』のなかで、読点を打つための2つの原則をあげている。
①長い修飾語が2つ以上あるとき、その境界に打つ
②原則的語順が逆順の場合に打つ (原則;長い修飾語ほど前に、短いほど後に)
    ・さらに、思想の単位を示す自由な読点があるという。

(例) バラの生けてある白い大きな花瓶 ……(白い花瓶、そこにバラが生けてある)
① → バラの生けてある、白い大きな花瓶
② → 白い、バラの生けてある大きな花瓶
  × 白いバラの生けてある大きな花瓶
(自由な読点) → バラの、生けてある赤い大きな花瓶 ……バラを特に意識させる



【否定文の分かりにくさ】
日本語には否定の表現が多いと感じる。直接的な表現を避けて間接的にていねいに言いたいとの潜在意識からと思われる。持って回った二重否定は特に分かりにくいものであり、技術文書にはふさわしくない。肯定文で書き直したいものだ。また文末にたどり着いてから、ようやく否定文と分かるのも読みにくいものだ。

<二重否定>
    環境設定によって正しいパラメータを与えないと、システムが停止しないことがある。

<文末でようやく否定文と分かる>
打ち消しが最後に来て否定文となる場合には、打ち消しがくるぞという予告を早くすること。打消しがあとから来るということを表す副詞――「必ずしも」とか「決して」を文頭に置くこと。

    必ずしも、Windowsに比べてMacの方が使いやすいとは言えない。

「~のように ~ではない」の否定文は、読み方によって複数の解釈が生じるので不用意に使わないこと。
A社の製品はB社のように良くはない
 解釈1 A社の製品は、B社ほど良くはない A<B
 解釈2 A社の製品は、B社と同じく良くはない A=B
 解釈3 A社の製品は、B社と違って良くはない A≠B


【能動態で書く】
日本語では能動態が自然である。技術文書は能動態で書くこと。能動態であれば誰が何をやるかがはっきりして主体が明確になる。ただし、社会動向や一般的な状況を説明する場合には、受動態で書くこともある。

オブジェクト指向を用いたプログラム開発には、差分プログラミングによる開発工数の削減や、カプセル化による高信頼化が期待されている。

→オブジェクト指向を用いたプログラム開発では、差分プログラミングやカプセル化によって高信頼化を実現できる。

ソフトウエアの分野では、「コンピュータがどのように動作して、何をやるか」、ということが重視されるときは、受動態が使われる。

受動態で無生物を主語とするのは、日本語としては不自然である。
 ・何が彼女をそうさせたのか →どうしてあの人があんなことをしたのか
 ・そのニュースは私を驚かせた →ニュースに驚いた


BOOK 『日本語は進化する』日本語はあいまいではない 
日本語は「あいまい」ではない、きわめて明晰な意味を表現することができる。発想のプロセスは発見的である、と著者は主張する。

日本語は膠着語の構造をもつ。概念を表す本体の部分を「自立語」、テニヲハの部分を「付属語」とし、前者を「詞」、後者を「辞」と呼べば、日本語は「詞―辞」構造をもっている。テニヲハさえ整っていれば、それらしい日本語となり、「詞」の部分に入った言葉が実際には一知半解のものであったとしても、いつのまにか分かったような気がしてしまう。

テニヲハのおかげで、日本語はきわめて明晰な意味を表現することができる。本来のテニヲハ(格助詞)にさらに後置詞をつけて、例えば、「によって」 「において」といったぐあいに後置詞で厳密に区別することもできる。感覚的・感情的な表現から、日本語は分析的で厳密な表現にいたるまで、見事にこなせるほどの進化をとげているという。

日本語の論理のプロセスは、宛名書きのように、大きなカテゴリーから次第に小さなものへと絞りこんでいくスタイルである。こうした日本語の発想は、「探索的」かつ「発見的」なもの。初めは漠然としていたものが、次第に明らかになっていくプロセスを正確にたどっているからだ。

日本語は、探索し、帰納し、協調して、不確かなものから徐々に結論を創造してゆく論理である。日本語の論理の方が、西洋語に比べ、はるかに「発見的」であり「創造的」なのだ。

◆『日本語は進化する 情意表現から論理表現へ』 加賀野井秀一*著、NHKブックス、2002/5
  * 中央大学理工学部教授(言語学) 






3.基本原則

文章によって正確に情報を相手に伝える技術、これはITエンジニアに第一に要請されるものである。情報を正確に伝えるワザ――明文を書く技術――を考えて行こう。

小学生のとき、「作文は起承転結」と教えられた。職場の上司には、口を酸っぱくして、文は短くしろと、説教されたものだ。文章を書くための、何か基本的ルールと考えられるものがあるのではないか。作文技術とか、論文の書き方とか、文章作法とか、さまざまなタイトルで、文章術を標榜する書籍が世にあふれているのだから。


【ヒトは情報を処理する】
今なお名著の誉れ高い『知的生産の技術』(梅棹忠夫著)によれば、こうである。

文章をかくというのは、情報伝達行動である。文章の問題は、情報工学の問題としてかんがえたほうがいい。情報というのは、知恵、思想、かんがえ、報道、叙述など、ひろく解釈していい。

情報処理のメカニズムに基づけば文章作成の基本技術を抽出できそうである。


生物の歴史は40億年といわれる。この40億年間は、生物の情報処理能力を、とぎすまし、より洗練されたものに高める過程であったのではないか。生物の目的は、この世を生き延びて、自らのDNAを子孫に伝えることである。厳しい環境を生きぬくためには、身に迫る危険――より強い動物に捕食されること・天変地異に遭遇することなど――を素早く察知し、直ちに的確な行動にうつることが要求される。的確な情報がなければ、食物を得ることもできない。まさに高度な情報処理が要求されるわけだ。

太陽系の惑星である地球の生物は、太陽光線のもとで進化した。したがって、視覚にかかわる情報処理のメカニズムが特別に発達したことは間違いない。ヒトの行動をみても、目から入ってくる情報はとくに効果的である。広範囲の情報を瞬時に判断し、変化(危険)を検知することに役立ている。弱い動物であったヒトは、情報処理能力が格段に進化する結果となったのだ。

ヒトは言葉・文字を発明した。文章を読むとき、とくに視覚情報の処理能力が要求されるのは言わずもがなである。ヒトの情報処理の基本メカニズムを理解し、それに則って――基本ルールに従って――文章を書けば、わかりやすいものとなり、読み手にスムーズに情報が伝わるはずだ。



【認識・理解のメカニズム】
認知心理学とは、ヒトを情報処理マシンとしてとらえ、そこから人間心理の働きを研究するものである。認知心理学によれば、目や耳などの感覚器官から入力された情報は、いったん短期記憶で認識・理解され、そのあと長期記憶に送られて確実に記憶されるという。

記憶の働きは、短期記憶と長期記憶に分けられる。認識・理解の働きは、短期記憶が主体となって行われる。そこでは、仮のモデル(メンタル・モデル)をとりあえず想定し、小さなメモリを効率よく使用して、素早く認識を進める方式をとっている。

短期記憶のメモリ容量は小さく、順次処理が行われるので、後続のあふれた情報は切り捨てられてしまう。したがって、短期記憶による認識・理解のメカニズムを効率よく働かせるためには、以下のような配慮が必要である。

・適切なメンタルモデルをあらかじめ知らせる
・大切な情報は、まっ先に読み込ませる
・データ量を少なく、構造を単純にする
・細かな情報はひとかたまりにして、メモリの負担を減らす
 →チャンク化すること。( )を使うとか、漢字とかなを適当に混ぜる等


【マジック・ナンバー3】
ヒトの認識・理解を担う短期記憶はメモリ容量が限られている。処理できる容量は、個人差はあるものの、2~5チャンクの範囲と言われる (チャンクとは記憶の情報単位)。3チャンクであれば、多くのヒトは無理なく記憶できる容量である。

「3」はヒトの認識・理解のメカニズムにとって馴染みの良い数字である。対象を認識するとき、論理を積み重ねるとき、空間・時間的な位置を扱うとき。3単位/区分などであれば、無理なくスムーズに頭に入ってくる。例えばつぎのような場合である。

・空間的認識 ――X・Y・Z軸の3次元空間。大・中・小とか、上・中・下など
・時間的認識 ――過去・現在・未来
・論理的認識 ――3つ数え上げると、それで全てであるような網羅的な印象を与える
         三段論法、三種の神器、三国(日本・唐・天竺)など

(例)
3つのキーポイント
(1) ソフトウエア技術者の能力
(2) ソフトウエアの開発技術
(3) ソフトウエアの管理技術


 認知心理学とは 見たり、わかったり、覚えたりする心の働きを研究する心理学の一分野


認知心理学では、ヒトを情報を処理する機械と見なす。目や耳などから入ってきた情報は感覚記憶から短期記憶に送られる。短期記憶では、入力された情報を、長期記憶に保存されている情報(知識)と照合処理する。その結果、新しい知識となるものは長期記憶に追加される。時間をおいて、短期記憶から長期記憶に情報を送り直すと、さらにはっきりと記憶が追加される。

短期記憶:感覚記憶から抽出した情報を一時的に(20秒程度)保存し処理する機構。
情報量の上限は、7±2、通常では3±2チャンク程度。

長期記憶:短期記憶が処理するために必要な情報を提供し、そこで処理された情報を
     長期間にわたり蓄えておく機構。長期間に蓄えられた情報を知識と呼ぶ。

チャンク:情報のひとまとまりのこと。
     2108を2、1、0、8と分けておぼえたのなら4チャンク、
     「布団屋」とゴロでおぼえたのなら1チャンクになる。

メンタルモデル:入力された情報を素早く処理するために、とりあえずの仮説が必要。
     この仮説をメンタルモデルと言う。例えば文章を読み進むとき、読み手は
     書かれていることは「だいたいこんなこと」というメンタルモデルを作り上げていく。
     このモデルは、個人の経験や限定された知識に基づいて作られる。

「わかる」ということ:①短期記憶で適切な処理が行われ、②長期記憶に知識が格納されている
     ことが前提となる。
     長期記憶の知識は、短期記憶で処理された情報が長期間にわたり保存されてきたもの。
     わかるとは、短期記憶で符号化された情報が、長期記憶に格納されている知識と
     照合できること。そして既有の知識が変更されたとき、わかったということになる。

 参考:『考えることの科学 推論の認知心理学への招待』市川伸一著、中公新書、1997/2
 



【5つの原則】
ヒトの情報処理のメカニズムに基づいて、情報伝達の基本技術を考えると、文章作成の基本ルール――明文を書くための技術――は5つに集約できるだろう。

<5つの基本原則>

冒頭に適切なメンタルモデルを置いて、全体概要を最初に頭に入れてもらうこと  1.冒頭案内
はじめに案内図を示す 
大切な情報や結論は、まっ先に読んでもらうこと  2.重点先行
最初の3行で勝負する 
だらだら書かないで、適当にグループ分けする。マジック・ナンバー3を考えること  3.三等分割
分ければ分かる 
当面の文章を理解するためのヒトのメモリは限られている。文を短くして構造を単純にすること  4.短文連結
ショートパスでつなぐ 
しっかり覚えてもらうには時間が必要だ。間を置いてもう一度伝えること  5.主題再現
時間をおいてもう一度 


これらの原則に則れば、だれでも訓練によって、明文――読み手の理解が容易・誤解をもたらさない――を書けるだろう。原則は簡単である。しかし、確実に自分のものとするためには実践トレーニングを繰り返すことが必要だ。

この基本原則は、ヒトの情報処理のメカニズムに基づいているので、文章だけでなくすべての情報伝達にも適用できると考えられる。いわゆる人間工学~エルゴノミクス、ユーザインタフェース等々の分野にも応用できる。たとえば、画面設計や操作手順のプロセス設計、仕事の段取り、等々――結局、ヒトの行動すべてにかかわると思われる。

 


(1) 冒頭案内:はじめに案内図を示す

文書を媒体として情報を伝達し仕事を動かすことが技術文書の目的である。情報が正しく伝わり、読み手に正しく理解されることが必須条件である。そうでなければ技術文書は何らの役割も果たすことはできない。このためには、書き手と読み手の間にコミュニケーション・ロスがあってはならない。書き手が想定している全体イメージが、読み手の想定するものと一致していること。また、書き手と読み手のお互いの理解レベルがマッチすることも必須だ。

まず文書の先頭部分で、相手(読み手)に全体像(要約とも言える)――この文書ではこんなことをまとめています/結論はこうです/読み手としてこんな人を考えています――といったような案内図を最初に提示すること。そうすれば、読み手の理解は格段にはかどるだろう。案内図があれば、この道はどこへ続くのか(文書の目的)、どのくらい歩くと目的地に着くのか(具体的内容)等々を、あらかじめ知ることができるので、後続する本論の文章を容易に理解できる。書き手の構想イメージが相手に伝わり、適切なガイドラインとなる。誤解も少なくなるだろう。

この案内図が認知心理学でいうメンタルモデルに相当する。文書を理解/認識する上でバックボーンの役割を司るものである。

文書作成は家の建築と同じである。時間をかけて全体構想をまとめ――設計すること――それを案内図として冒頭で伝えよう。案内図は、読み手の頭の中にしっかりとしたイメージを作り、興味や関心を集め、本論へ導入する役割を果たす。

【ポイント】
◆読み手とその理解力のレベルを明確に把握すること。相手が誰かを確認してレベルを合わせるのだ。読み手は初心者なのか熟練者なのか、社長なのか同僚なのか。相手によって文書の書き方は相当に異なるはずだ。専門用語をあらかじめ説明する必要があるかもしれない。
◆文書の目的と、伝えるべき内容=仕事を明らかにする。結論の場合もある。読み手に対して、文書の目的/目標――山頂を指し示すのである。
◆目的や目標を示した後で、そこに至るおおよその道筋を提示できればよいだろう。山頂にいたる登頂ルートの概略を示すこと。大体の所要時間とか、途中のオーバーハングのような危険箇所とかである。
◆簡単な文書では冒頭案内と重点先行の役割がぴったり重なる場合がある。

【例文】
・読み手のイメージ:本書はパソコンの初心者を対象にして操作方法をまとめています。
・文書の目的:これは営業店向けの新製品発表資料です。代理店向けには別に詳細な資料を用意してあります。
・概要/要約:このモジュールの主機能はデータベースの初期設定と回復処理である。本稿は機能の概要と該当するモジュールの処理を説明している。



(2) 重点先行:最初の3行で勝負する

文を読むという手続きは、直線的な順次処理である。一つひとつ字句を追って、逐次的に理解を進める。重要な情報はまっ先に――それも簡潔な表現で――書くこと。そうすれば、重点テーマが確実に読み手にインプットされる。

重点先行のもう一つの役割は、最初に主題を知らせることによって、読み手の理解を助けることである。読み手は、初めに伝えられた主題にそって、後に続く文を理解し、主題を補足するものと捕らえる。ヒトは第一印象に強く左右される特性があるようだ。はじめに植え付けられたイメージはいつまでも残る。誤って理解したものはずっとそのままである。だから最初にきちんと正しい情報を伝えることだ。

ベートーヴェンの交響曲第5番《運命》を思い出してみよう。冒頭では、あの有名な「運命が扉を叩く」というテーマが鳴り響く。このテーマは、第5交響曲に一貫して流れ、この交響曲のたくましい挑戦的な性格を強く主張している。文書も同じである。ぐずぐずと前置きを言わないで、いきなりズバリと核心に入ろう。最初に大きな声ではっきりと簡潔にテーマを主張すること。

ずいぶん大部な文書であっても、その結論はせいぜい3行で言えるのではないだろうか。結論や主要テーマを読み手にしっかりと伝えるためには、まず最初の3行で確実に印象づけるように書くこと。文書の終わりの方でちょろちょろと書いても読み手に訴える効果は弱い。

ヒトは短期記憶への入力順に、先頭から順番に文字を読んで理解する。短期記憶に入りきらない部分は切り捨てられる。確実に伝わって認識・理解されるのは先頭部分である。だから最初に重要情報――この文書で伝えなければいけない主題・結論――を置くこと。

【ポイント】
◆重要とは相手(読み手)にとって重要なことである。情報の価値は受取側で判断されることを忘れないようにしよう。聞き手とレベルやチャンネルが合わない状態で、いくら大声でしゃべっても情報は届かない。冒頭案内で読み手とレベルを合わせてから重点先行に進むこと。
◆重点とは、結論・問題点・主要課題・中心文(トピックセンテンス)等々で表現されるものである。読み手(書き手ではない)がもっとも大切で重要と考えているテーマである。
◆メールのように件名と本文で文書(メッセージ)が構成される場合には、件名が先行部分に相当する役割をはたすだろう。件名に要約を書くなど「重点先行の主旨」を取り入ると良い。
◆段落構成であれば、段落の先頭には中心文(トピックセンテンス)を置くこと。

【例文】
・道案内では方角と所要時間が重要:会場はJR秋葉原駅の北口から歩いて3分です。
・忘れてはこまる必須処理:終了時にはデータベースの回復処理を必ず行うこと。
・もっとも知りたい情報:新製品の発売時期は6月、価格は5万円を計画しています。



(3) 三等分割:分ければ分かる

分けることは分かることだという。伝えなければいけない主題が複数あるとき、複雑に情報が入り組んでいるとき、これらの情報を適当なグループに分割してみよう。小さく分ければ、それぞれについて読み手の理解は容易になるだろう。個々の理解が全体の把握につながる。

ジャンボジェット機の複雑なメカニズムも、主翼の役割、ジェットエンジンの仕組み、胴体の設計等々に分割してひとつ一つ理解していけば全体像がわかるだろう。七面倒くさい手続きも、市役所へ行くこと、文科省へ出向いてやること、等々に分ければなんとか乗り切れそうである。昨日おわった仕事、今日の約束ごと、明日の計画と分けるのがスケジュールの常識である。大きなモジュール設計も、小さなサブ・プログラムに分解できれば、手の内にはいって片がつくだろう。テストの方針もはっきりする。

ひとかたまりの情報を相手に伝えるとき、ひとまとめが無理であれば、分割が必要だ。まず同じ大きさで分割することを考えること。包丁で切り分けるように物理的に分割できる場合もあるし、時間軸(昨日・今日・明日)で分けるときもある。あるいは問題点の大きさで分けるときもある。

ヒトは多くのことを一度に覚えられない。覚えられるのは高々3つ(3チャンク)である。短期記憶のメモリ容量が小さく限られているからである。だから、情報量の大きなものを読み手に理解させるには、適切な単位に分割する必要がある。3つ(マジックナンバー3)ぐらいの同じ大きさにグループ分けできればベターではないか。


【ポイント】
◆マジック・ナンバー3を意識して活用しよう。対象を3つのグループに等分割することはヒトの認識メカニズムからみても合理的であり効果的だ。
◆分割した個々のグループには異物を混入させないこと。読み手がはっきりと境界線を意識できるグループとすること。Aグループで証券業界の特徴を述べたら、Bグループでは銀行業界の特徴を。Cグループで相互を対比してまとめるのだ。
◆段落を活用して、論理的なまとまりを作ること。一つの段落はひとつの考えを表すこと。事実と意見ははっきりとそれぞれ段落を分けるのが良いだろう。段落で区切ることは書き手にも読み手にもプラスになる。

【例文】
・案内を3段階に分ける:①北口を降りる②正面の国道を直進③コンビニの角を左折すること。
・3つの機能に集約する:当モジュールの主機能は、登録・削除・回復処理である。
・論点を3つに絞る:この新製品プロジェクトについてコスト・納期・品質の3点から開発計画を説明します。
・マジック・ナンバー3:問題点は3つあります、第一にこれ、第二にあれ、第三はそこです。




(4) 短文連結:ショートパスでつなぐ

長い文は悪文の最大要因である。主語と述語の関係を分かりにくくするとか、長い修飾語や持って回った表現などで、分かりにくさを引き起こす可能性が強い。修飾関係が入り組んでいる場合は、それぞれを短い文に分解してみよう。ひとつのことは一つの文で言うこと。

日本語の特質は、最も重要な述語が文末に来ることである。文が長いと、主語と述語の対応がつかみにくくなる。読んでいるうちに前に出てきた主語を忘れてしまうことがある。短い文であれば、素早く処理されしっかりと理解されて、情報が読み手に確実に伝わる。

また、一つの文に複数の関係が盛り込まれているのも分かりにくいものである。文の構造が複雑になると、誤解を招きやすい。構造的に単純な文にすることが大切だ。ヒトの認識処理はまず短期記憶で行われる。そこはメモリ容量が小さいため、短文の処理に適しているのである。

文の構造を単純にしよう。これらの短い文を積み上げて、文書としてまとめて情報を伝えよう。ショートパスをつないでゴールを目指すこと。フラフラと上がったロングパスは途中で失速することもあるし、相手チームにカットされることもある。

長文だから分かりにくい、と短絡的にとらえてはいけない。例えば新聞記事ではむしろ長い文の方が分かりやすい、という調査結果もある。時間経過に従って事実を淡々と記述する場合には、文は長くてもかまわないのである。一つひとつの区切りが短文を同じ効果を持つ。

【ポイント】
◆一つの文は長くても50字とする。主語と述語を近づけること。
◆構造を単純にすること。単文が基本。複文を避け単文で組み立てること。
◆2行以内に収める。( )を使わない等の工夫も必要である。


【長くても50字】
文の長さは、一息にすっと読める長さ――短期記憶に収まりきる――が好ましい。ある人は、「ひとつのセンテンスは、多くても50字をメドにすること。それより短いものは無条件で大歓迎」と言っている。

次の文は50字であるが、まだまだ長い印象を与える。さらに分割して2つの文にできる。
13年前までのベル研は100万人の従業員を抱えて米国の通信事業を独占していた
AT&Tの研究部門だった。(50字)

→①13年前までベル研はAT&Tの研究部門だった。(22字)
 ②AT&Tは100万人の従業員を抱えて米国の通信事業を独占していた。(32字)
 
【主語と述語を近づける】
主語と述語の間の距離が長いと文はわかりにくくなる。主語が指すものを、早く明示すること。

情報処理技術者資格は毎年春夏の2回試験が実施され経産省が認定する国家資格であり、今やソフトウエア技術者にとってなくてはならないものと言われているが、諸外国には見当たらない。(85字)

→諸外国では、情報処理技術者資格に相当する国家資格はない。…………


【単文で組み立てる】
文の構造には単文・重文・複文の3種類がある。そのうち最も単純な構造が単文であり、頭から読み下して、そのまま一息に理解できる。

単文・重文・複文のそれぞれの定義は、『広辞苑』によれば次の通りである。
単文:主語と述語の関係を1組だけ含むもの。ひとつの節から成る文。
   節とは、1組の主語と述語から成るまとまり。
青い山が目の前にそびえている。
重文:主語・述語の関係が成り立つ部分が、対等の関係で結ばれているもの
雨が降り、風が吹く。
複文:主節と従属節からなり、主節の一部に従属節が含まれているもの。
次の例文で「雪が降る」が従属節で、それ以外が主節。
誰もが雪が降ると思っている。
雪が降ると、電車が止まる。
雪が降る日は寒い。

【例文】
(例1) 複文から単文へ
リーナス・トーバルズがその原型を開発したLinuxは、無償公開という理由もあり、数多くのパソコンでOSとして採用され普及してきた。
→Linuxは数多くのパソコンでOSとして採用され普及してきた。普及の理由は無償公開ということである。原型はリーナス・トーバルズが開発したものである。

(例2) 単文を連結して並べる
X社は来春の事業開始を目指す新銀行のシステム選定をほぼ終えた。中核となる勘定系システムにはY社のオープン勘定系パッケージを採用する見通し。OSにWindows Server 2003を使い、Y社のIAサーバーで動かす模様。X社のシステム投資額は、開発費と開業後5年間の保守・運用費を含めて最大60億~70億円程度に収まるようだ。Y社製オープン勘定系パッケージの採用を決めたのは、P銀行、Q銀行、R銀行に続き、4行目である。



(5) 主題再現:時間を置いてくり返す

重要な情報(主題)が相手(読み手)にしっかりと伝われば、仕事を正しく動かす結果につながるだろう。相手に仕事をきちんとやってもらうことになる。主題はくり返し相手に伝えて確実に理解してもらう必要がある。ほとんどの文書では「主題」は「結論」になるだろう。

言った直後にそのままくり返すのではなく、時間を置いて(あるいは距離を置いて)再度、主題を提示すること。距離を置くとは、文章上のことであり、冒頭の件名で主題を扱ったならば、一番最後の結論部でもう一度、その主題をくり返して書くといった具合だ。

音楽作曲上でソナタ形式というのがあるそうだ。最初に主題が提示されて、その後その主題がさまざまなバリエーションをつけてくり返される。そして最後にもう一度、冒頭の主題が再現して来てひとつの曲を構成するというものだ。バランスの取れた構成を実現すると同時に、一つの大きなメッセージを確実に伝えるのに適した形式だと言えるのだろうか。

ヒトの認識メカニズムでは、短期記憶で認識・理解された事がらは、時間を置いて長期記憶に送り直すとしっかり記憶されるという。脳の中では海馬が重要な役割を果たしているらしい。言うべきテーマはもう一度しつこく繰り返して、念を押すこと。冗長度を高めることでもある。


【ポイント】
◆時間・距離を置いて、サンドイッチのように、主題で本論をはさんでくり返すのが良い。
頭と尾、件名と結論、冒頭と結尾など、それぞれ2カ所で主題を扱うこと。
また、「これが結論です」、「これが一番の課題です」、「再掲すると」などと主題が浮かび上がるように書き表すことも有用である。
◆別の表現で繰り返すのも効果的である。大きい→何メートルか、腕くらいの長さ→3フィートとか。販売施策の提案→営業活動の分析など。
◆主題にユニークな名前を付けることを考えてみよう。長期記憶に対して確実に印象づけることになるだろう。


【例文】
・別の表現でくり返す:
 「駅から1キロメートル」と言ったら、「タクシーで1メータの距離」とくり返す。
・ユニークな名前を付ける:モジュール名称 → DB初期設定モジュール(機能を表すように)
 団塊世代の大量退職にともなう空洞化現象を2007年問題という。
・表現を変えてアナウンスする:新製品は6月=ボーナス戦線に投入します



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