■『アウシュヴィッツの図書係』 これは実話だ (2018.3.19)










まさかとは思ったのだが、本書は実話にもとに書かれたフィクションだそうだ。主人公であるユダヤ人の少女ディタは実在の人物だという。ホロコーストを生き抜き、イスラエルの海辺の街ネタニヤで暮らしているそうだ――その体験は、野村路子著『テレジン収容所の小さな画家たち詩人たち』(ルック)にまとめられている。ひとりの少女の可憐な努力によって、アウシュヴィッツという苛烈な空間に、小さいながらも知的空間である図書館が存在したのだ。


ディタ・クラウスは、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所に送られる。そこには、学校とわずか8冊だけの秘密の図書館があった。少女は、図書係という危険なミッションを担うようになる。先生たちに授業のための本を貸し出し、1日の終わりに本を回収して、床板を上げ秘密の場所に格納するのが役割だった。わずかな古本を慈しみ修繕する。ナチスにみつからないように洋服の内側に秘密のポケットを縫い付けて本を持ち運びした。

ディタは1929年の生まれ、プラハで幸せな子ども時代を送った。それも、1939年3月のドイツ軍のチェコ進駐とともに終わる。やがて両親とともにプラハを追放され、1943年12月には、貨車に乗せられてアウシュヴィッツ第2強制収容所ビルケナウに送られる。ここでは選別が行われ、働けないと見なされたものは即ガス室に送られた。何かの役に立つと残された者も過酷な強制労働、劣悪な住環境、栄養のほとんどない食事、蔓延する伝染病などによって力尽き、アウシュヴィッツの土になっていった。

ビルケナウ強制収容所の31号棟は、子ども専用の特別なバラックだった。青少年のリーダー、フレディ・ヒルシュは子どもたちを楽しく遊ばせれば、親たちは仕事がやりやすくなるとドイツ当局を説得し、学校を作り上げた。ユダヤ人の子ども500人が、勉強は一切禁じられていたが、<顧問>に任命された囚人たちと共に過ごしていた。

厳しい監視下にあったにもかかわらず、そこには秘密の図書館があった。H・G・ウェルズの『世界史概観』、ロシア語の教科書、解析幾何学の本など、たった8冊しかない小さなものだった。1日の終わり、薬や何がしかの食糧といった貴重品と一緒に、本はひとりの図書係に託された。彼女の仕事はそれらの本を毎晩違う場所に隠すことだった。図書係は、先生たちに授業のための本を貸し出し、1日の終わりに本を回収して秘密の場所に格納する。

著者は、実在感を増すためだろうか、ディタの周りに、ナチの幹部などを実名で描きたす。「死の天使」ことドクター・メンゲレは恐怖の存在だった。当時は、どうすればドイツ女性が双子を産んでアーリア人を倍増できるか、などの不気味な遺伝実験をやっていたらしい。女看守:フォルケンラートとかも。

1945年春、収容所はついに連合軍によって解放される。戦争は終わった。ドイツ軍は降伏、ヒトラーは自殺した。収容所に入ってきたイギリス軍の兵士たちは、惨状を目の当たりにして声もなかったという。収容所というより墓地。病気が猛威を振るい、赤痢、チフス、栄養失調が蔓延していた。ディタは16歳だった。

8冊とは次のような本だった。1地図帳、2『幾何学の基礎』、3ウェルズ『世界史概観』、4『ロシア語文法』、5フランス語の小説、6ロシア語の小説、7フロイト『精神分析入門』、8チェコ語の小説『兵士シュヴェイクの冒険』


◆ 『アウシュヴィッツの図書係』 アントニオ・イトゥルベ/小原京子訳、集英社、2016/7

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