■ 『脳の誕生』 発生・発達・進化の謎を解く (2018.3.2)







脳は壮大なメカニズムを備えている。小宇宙にたとえられほどだ。この複雑な脳がどうやって作り上げられてきたのか。本書は、生物史の視点からヒトの脳へ至る進化のステージを含めて、脳の誕生のドラマを明らかにしてくれる。

たった1個の受精卵から、発生・発達のステージを経てヒトの脳が出来上がるさまはダイナミックであり感動的ですらある。「発生」のステージでは、神経組織やニューロンが作られ脳の枠組みができ、続く「発達」のステージでは、ニューロンが突起を伸ばし繋ぎ合わされて大人の脳へと成熟していく。


脳には約800億から1000億個もの神経細胞(ニューロン)が存在する。ニューロンは、樹状突起と、軸索と呼ばれる長いケーブル状の突起を介して次のニューロンへと出力信号を送る。ニューロン同志が接する部分はシナプスと呼ばれる。ニューロンの電気的興奮シグナルを化学的シグナルに変換する場だ。1個のニューロンあたりのシナプスの数は数百〜数千である。大脳皮質の錐体細胞では1個あたり1万個と考えられている。

生後2年くらいの間に多数のシナプスが形成され、それが4歳から6歳となる間に刈り込まれていく。必要なシナプスが取捨選択され、脳の配線すなわち神経回路が効率的なものに変化していく。脳は領域ごとに成熟の仕方が異なる。視覚野は比較的成熟が早い。運動の制御に関する領域の成熟が早いのに対し、意思決定などに関わる前頭前野と呼ばれる領域の成熟が最も遅い。変化は21歳までも続く。

私たち人類が地球上に存在するのは、突然変異によってである。遺伝情報(DNA)のコピーはかなり正確にできるのだが、ごくたまに間違いが生じる。このコピーミスが突然変異といえる。突然変異によりDNAの塩基配列が変化すると、その情報によってアミノ酸の配列が変化し、結果としてタンパク質の性質が変わる。脳についても、遺伝子の変異が繰り返された結果、私たちはより高度な脳を獲得することができたのだ。

動物は植物と異なり、光合成などによって自分でエネルギーを合成することができない。生存戦略上で食物の摂取がもっとも重要な機能になる。だから、口のある方向が動物にとっての進行方向であり前方部となる。この前方部にセンサーである各種感覚器が集まるようになる――「頭化」という。神経系もそれに合わせて頭部に集中するようになった。

9億年前には地球上に多細胞生物が誕生し、身体のつくりが複雑になり、神経ネットワークが「頭化」の方向に進化していった。ヒトを含む脊椎動物につながる動物の誕生は約5億2500万年前と推定されている。脊椎動物は共通するメカニズムを持つが、大脳・中脳・小脳などそれぞれの領域の大きさや形態が違っている。魚類では小脳が発達している。水中での平衡感覚や運動機能をつかさどるためだ。鳥類は視覚の発達が著しいが小脳もよく発達している。空中での微妙な運動をうまく制御するのに役立っている。

私たちの祖先はネズミのような夜行性の動物だった。哺乳類は優れた嗅覚を特徴としている。大型恐竜などの外敵に捕食されるリスクをさけるため、夜に行動するのが基本だったからだ。外部センサーとして視覚よりも嗅覚が重要だった。およそ1億年前には、小型哺乳類から独自の道にわかれ霊長類に進んだと考えられている。

霊長類の祖先――サルやチンパンジーは、手足の親指が残りの4本の指と相対し、木にぶら下がりやすいのが特徴だ。両方の眼が顔の正面を向いていることも、他の哺乳類とは違う。正面に位置する眼は、樹上で生活する上で敵や味方の存在を遠くまで見通すのに視覚の発達とともに、大きな役割を果たしている。霊長類では、世界を認知する手段が嗅覚から視覚へとシフトしたのだ。

道具を使いこなせる動物は地球上でかなり限られている。チンパンジーがそうだ。オランウータンは、小枝の皮をむいてアリの巣に突っ込んでアリをとって食べるという。後天的な学習によって生存に適した対応方法(道具の使用)を身につけたのだ。ヒトは石器を使い動物の肉を食べる。石器で骨を砕けば栄養価の高い骨髄が手に入る。石器を作るには、手順の記憶や創造的なアイデアが必要である。石器を作ることによって、さまざまな側面から人類の進化が加速したことは間違いない。


本書のタイト『脳の誕生』というのは、パーカーの著書『眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く』へのオマージュであるという。パーカーは、カンブリア紀の大爆発――生物の突如・爆発的な進化――は、眼が生じたことに重要な要因があるという。視覚を得たことによって生物は遠くにある餌、つまり被食者を他の生物と見分けて捕食することが可能になった。食べる、食べられるの関係がより高度になっていったのだと。 ⇒ 『眼の誕生

◆ 『脳の誕生――発生・発達・進化の謎を解く』大隈紀子、ちくま新書、2017/12

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