■『大帆船時代』 快速帆船クリッパー物語 (2014.5.28)

船の歴史は、人類の歴史とぴったり重なっているようだ。太古の昔から人類は船によって活動範囲をひろげてきた。帆船の性能は、いくたびもの改良を繰り返し、大航海時代に頂点に達する。中国からロンドンへと新茶を運ぶティー・クリッパー・レースで華麗な競争を繰り広げたものの、やがて機動力に優る汽船によって没落の運命をたどった。



日本では、欧米のような商用帆船の歴史はないが、明治以来、伝統的な練習帆船(日本丸、海王丸)による実習制度が確立されている。第二次大戦中、船舶の遭難で洋上に投げ出された人々の間で、帆船における体験や知識が生き残るために非常に役立ったという。
 ⇐ 練習船 海王丸。1989年建造。


クリッパー・シップと呼ばれる帆船が注目を浴びて活躍したのははわずか数十年の短い間のことだった。本書は、帆船の歴史の最後を飾る傑作、カティ・サークの数奇な運命とともに、クリッパーの栄光と没落を描いた海洋物語である。

帆船は、見るものにロマンティックな夢ををかき立てずにおかない。あらん限りの帆をいっぱいに広げて、海原を快走する華麗な姿。暴風に翻弄されながらも、懸命に帆を操って風上へと突き進む力強い姿。単純な帆船から、最盛期には、数十枚という帆が複雑な機能を担い優雅な姿を披露する。風をはらむ大小の帆が、われわれを魅了するのだ。世に帆船模型マニアがはびこるのも宜なるかなと思う。

15世紀後半から18世紀前半までの約300年間は、いわゆる大航海時代である。19世紀の中頃に軍艦は帆船から汽船に切り替えられつつあった。しかし、商船では、速力の面で帆船の急速な発達が始まる。速力が極限に達したのは1860年代で、中国から新茶をロンドンへ運んだティー・クリッパーと呼ばれる、3本マストのクリッパー・シップにおいてである。
クリッパーというのは、快速帆船のこと。独立戦争の前後からアメリカで聞かれるようになったらしい。アメリカ近海は私掠船や海賊船にとって格好の稼ぎ場所だったが、護衛艦隊の追撃を振り切るために、すこしでも早く走れる方がよかった。1848年には、カリフォルニアで金鉱が発見されゴールド・ラッシュが勃発する。多くの人が吸い寄せられ、かなりの人が、ホーン岬回りの海路をとった。航海日数の短縮を望む声も高く、快速帆船出現の要因にもなった。

イギリスでは、ティー・クリッパーが帆船としての最高峰に達した。1860年代のインド洋から大西洋にかけての壮大で華麗なティー・クリッパー・レースが繰り広げられた。汽船は、茶の風味に影響を及ぼすと言われたが、徐々に、茶輸送にも進出し始めていた。1860年代には、ままだ木造または木鉄交造の帆船が主体であり、むしろその天下であった。1860年代に入ってからは、イギリス国民はティー・クリッパー・レースに熱中し始めた。上海からリバプールまで85日という記録がある。スエズ運河が開通すると、帆船に頼るより早く新鮮な茶を味わうことができるようになった。ティー・クリッパー熱は急速に冷えていく。

カティ・サークが進水したのは1869年11月22日。最上の鉄と木材を使い最良の艤装品を備えた第一級のティー・クリッパーを造ってくれという船主の要望に応えて、採算を度外視して建造されたのだ。その頃ロンドンの海運業者の関心は、6日前に開通したスエズ運河に集中していた。運河を通れるのは汽船に限られれていた。海へ乗り出す前からカティ・サークは引導を渡された格好だった。

カティ・サークの処女航海は、1870年2月である。ロンドンを出帆し、104日目に上海に着いた。上海での新茶積みを一番早く終わり、110日でロンドンに帰った。だが本当の新茶はずっと早く汽船で届いていた。1873年になると、新茶輸送はほとんど汽船のものになってしまった。ティー・クリッパーの多くはオーストラリア向けの雑貨を積むようになった。カティ・サークは、オーストラリアの羊毛輸送に従事する。ロンドンにおける羊毛売り出しの時期までに、その年に刈り取った羊毛を間に合わせることが重要だった。1884年から85年にかけて、ウール・クリッパーの記録ではカティ・サークが群を抜いている。

カティ・サークは、その後、ポルトガルの会社に売り渡される。1918年ニューオーリンズでイギリス船乗組員に発見され、翌年24年ぶりにロンドンへ里帰りする。元イギリス人船長は、カティ・サークを買い戻すことに成功。カティ・サークを昔日の姿に復旧することに没頭した。1924年には一応の形が整い、航海学校へ寄贈し、係留練習船として活用された。1954年12月には、国立海事博物館の乾ドックへと、処女航海当時そのままの姿に復元され、永久保存された。


◆『大帆船時代 快速帆船クリッパー物語』 杉浦昭典、中公新書、1979/6

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