■『ヒトのなかの魚、魚のなかのヒト』 鰓が肢に進化した (2014.6.16)
ティクターリクとは、著者らが2004年に発見した、魚類と陸生動物の中間種の化石に付けた名前である。ティクターリクは、魚が水中から陸へとはい上がり、陸生動物へと進化する過程を裏付けるミッシングリンクのひとつだ。
魚類と陸生動物は多くの点で異なっている。魚類は円錐状の頭部を持つし、鰭(ひれ)を持っている。陸生動物に特徴的なのは、指、手首、足首をそろえた四肢をもっていることである。
著者は古生物学者である。ヒトの四肢についてのもっともわかりやすい例証は魚類にあるという。ヒトのあらゆる器官や構造は、生物が単細胞生物から無脊椎動物、魚類、両生類、爬虫類、哺乳類、さらに霊長類へと進化してくる過程で、徐々に獲得してきたものであるという。
ティクターリクは、まぎれもなく、魚のような頭と尾をもっている。鰭の先端には8個ほどの棒状の骨がある。河や池の底または浅瀬を進み、干潟の上をバタバタと動きまわれる体のつくりをしているのだ。体を支える鰓は非常に役だっただろう。ティクターリクは、魚どうしが食いあう世界から生き残るための戦略として、水から出ることに挑んだのである。
ティクターリクは、ヒトの手首や指の進化の初期段階を明らかにしている。ヒトの手や足の基本的な骨格は、魚類に始まり、のちには両生類と爬虫類に至るまでの数億年という時間をかけて形づくられたのである。
歯は化石としてきわめて良好な状態で保存されるため、歯を調べるだけで、その動物について多くを知ることができる。およそ2億年前の地層からは、哺乳類らしい、齧歯類によく似た動物の化石が見つかった。大きさは、せいぜいネズミくらいだが、ヒトを構成する重要な成分を持っていることがわかった。歯の咬合パターンから、哺乳類と同じ種類の咀嚼法をとっていたことがわかったのだ。
ヒトの体は厳密に組み立てられた膨大な細胞のまとまりである。四肢をつくるというような情報は、それぞれの細胞内部の遺伝子にしまい込まれ、長い歴史が刻まれている。例えば、ヒトはほかの哺乳類と同じように、ゲノムのおよそ3%を嗅覚遺伝子に割いているが、かなりのものが無効になっている。これは、ヒトが霊長類の末裔として、すでに嗅覚よりも視覚に頼っていることが、ゲノムに反映されているのだ。
哺乳類の耳の一部は、爬虫類の顎(アゴ)と同じものだという。進化の過程で、爬虫類の顎の後方にある骨がしだいに小さくなっていき、遂には哺乳類の中耳に収まったのだ。もともと爬虫類が噛むために使っていた骨が哺乳類においては聴覚に役立つように進化したわけだ。
それぞれの生物の器官は、合理的にデザインされたものではなく、複雑に入り組んだ歴史の産物なのである。以前にあったものを利用してやりくりしながら形づくられたものなのだ。
生物の進化は、クルマを改造するようなものだ。クルマそのものは既に限界にまで発達しているので、大きな問題が生じない範囲内でのわずかな微調整しかできない。魚のボディプランから、陸生動物さらには哺乳類へと改装するように。その哺乳類が2本脚で歩き、言葉をしゃべり、考え、指を絶妙に操れるようになる。そこまで微調整し、こねくりまわす――これではトラブルの種をつくっているようなものだ。
動脈や静脈、神経の迂回、ねじれ等では、この改造の歴史がはっきり見える。ひとつの神経をたどっていくと、それが、他の器官のまわりで奇妙なループをつくり、ただねじれるためだけとしか見えない形で一方向に進んで、予想外の場所に行き着く。このような迂回箇所は、私たちの過去が生んだ産物なのだ。
◆ 『ヒトのなかの魚、魚のなかのヒト』 ニール・シュービン/垂水雄二訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫、2013/10
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