■ 『<標準>の哲学 スタンダード・テクノロジーの300年』 デジューレ・スタンダードからデファクトへ
(2004.8.28)
「デジューレ・スタンダード」と「デファクト・スタンダード」という言葉がある。「デジューレ」、「デファクト」とは、それぞれラテン語で「法律によって」、「事実によって」という意味である。
デジューレ・スタンダードとは、公的な委員会や学会が何らかの根拠を元に標準形式として選択し普及したもの。ネジの規格が代表例である。一方、デファクト・スタンダードとは、一企業が作ったモデルが消費者の間で普及し、市場を独占し続けてしまうことで標準となったものである。例えば、パソコンのキーボードのQWERTY配列が、その典型例だ。どこからも強制されたわけではないが、普及しているが故に使われ続けてしまう。基本ソフトOSのWindowsもそうだ
「デジューレ・スタンダード」はフランスに源流がある。アメリカで大きく発展し遂には、フォードの大量生産方式にまで行き着く。ユニークな亜種として、トヨタ・カンバン方式が生まれる。「デジューレ・スタンダード」がここまで幅広く普及した要因には、大量の資材調達や武器の製造など、戦争の果たした役割が大きい。そして、ソフトウェアが大きな役割を担うようになった現代では、市場競争という戦争から生まれた「デファクト・スタンダード」が主導するようになってきた。
18世紀フランスでは、当時の戦術の変化にともなって、砲車に衝撃がかかり壊れやすくるという問題があった。この問題に対して、砲車を壊れにくくするのではなく、砲車を修理しやすくすることで対処しようとした。部品の互換性というアイデアだ。このフランスの技術に強い関心をもったのがアメリカ。修理がしやすいという、軍事上の利便性にこだわったのである。
アメリカの兵器廠で育った新しい製造技術――互換性部品を、同じ形状の工作だけをする多数の「専用工作機械」によって製造する――はさまざまな機械製造業者に広まる。ミシン製造のシンガー社では、生産高が増大したことから新しい生産技術に目を向けた。
ミシン産業に浸透した互換性技術は自転車産業で利用されていく。続いて、耕耘機、時計、科学機器、タイプライター、蒸気機関車、そして自動車といった製造業に応用される。互換性部品に基づくアメリカ式製造方式は、流れ作業の組立工程と結合し、フォードの大量生産システムを生み出すことになった。これは、デジューレ・スタンダードの一つの到達点だ。
一方、大量生産の結果、製品の標準化のもたらす欠点として、消費者の嗜好とにずれが生じることがある。市場への適応性に欠ける場合がある。また硬直的な強制が、技術的な進展を阻害したり、技術的な進歩と標準規格がそぐわなくなるという問題点もある。ここにデファクト・スタンダードの生まれる萌芽がある。
本書には、技術史の興味深いエピソードもちりばめられている。種子島に伝来した火縄銃のデッドコピーを命じられた鍛冶職人が、ネジの製法を探るくだりなどは涙が出てくる。
◆ 『<標準>の哲学 スタンダード・テクノロジーの300年』 橋本毅彦著、講談社選書メチエ、2002/3
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