■ 『オーケストラの職人たち』 岩城宏之の楽器運搬からチラシ配りまで (2005.3.4)
岩城宏之は昭和7(1932)年、東京生まれとのことで、今年(2005)はもう73歳か古稀はとうに過ぎている。数年前に大病をしたとのことだが、まだ現役でバリバリ活躍している。好奇心満々で行動的でもある。ハープ運搬業者の田中陸運に密着取材したエピソードは、もう15年前のことらしい。
臨時アルバイトの岩城は、マンションに着いてエレベータで12階に上がる。誰の家だか全然知らないままピンポーンとベルを押す。部屋着をひっかけ、寝ぼけ顔でドアから首をだした若い女性は、岩城が立っているのを見て「キャッ」と叫んで顔を引っ込め、ややあっておそるおそるドアを開けたそうだ。彼女はもっとも活躍しているハーピスト。よく一緒に仕事をするのだが、岩城は彼女がどこに住んでいるかを、まったく知らなかったのだ。
さらに、社名だけでは何をするのかどうも見当のつかない会社――東京ハッスルコピー、コンサートサービス――の現地訪問記がある。東京ハッスルコピーとは、45人の従業員をかかえる写譜専門の会社だそうだ。写譜の仕事は、作曲家なり編曲者が書きあげたスコアを、パート別に読みやすく写し替えること。
岩城の経験によれば、オーケストラが音を出した途端に、「あ、これはどこの写譜屋の仕事だ」というのが、わかったそうだ。写譜がきれいで正確だと、非常に読みやすい。オーケストラのメンバーが、余計なことに神経を使う必要がなく、音を出すことに専念できるので、美しい写譜だと美しい音がするのだという。
コンサートサービスは演奏会場の入口の前でチラシ配りをする会社とでも。予告宣伝の刷り物を、都内何十カ所のコンサートホールの入口で、主催者に代わって配るというユニークな会社だ。音楽会の主催者が、宣伝のために配りたいチラシを、代わりに人々に配って、その手数料でなりたっている。まさに「新しいビジネスモデルの創出」ではないか!
チラシ配りが商売になり、こんなに発展するとは社長自身も思っていなかったそうだ。サントリーホールの出現が大きかったという。音楽専用ホールが東京の音楽界を変えてしまったと。
今までは、あの重たいチラシの束が嫌いで、入口でほとんど失礼していた。本書を読んでから、きちんと受けとろうかなと思うようになった。さらに演奏会が終わったあと、お客が座席の下に捨て置いたチラシを回収しているそうだから大変である。自分で持ち帰えるべきだ。
◆ 『オーケストラの職人たち』 岩城宏之著、文春文庫、2005/2
(初出『裏方のおけいこ』 文藝春秋、2002/2刊)
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