■ 『カシオペア旅行』 奥様への感謝状に泣けます(2012.3.2)
洒落た表紙である。落ち着いた色彩が内容にマッチしている。カメラを構えているのは明らかに名誉教授その人であろう。
立看板に「FARM TOMITA」とあるが何処だろうか。外題のカシオペア旅行につながりがあるのだろう。
カシオペア旅行とは奥様との約束ごと。退職したら2人で北海道へ旅行しようと決めていたらしい。それも寝台特急カシオペア号で。
札幌に着いたら旧友の案内で北海道各地をまわる計画だ。著者には、長年の北海道へのあこがれが蓄積されていたようだ。
一度は彼の地で畜産研究を経験したかったと。
本書は著者の今まで未公刊のものをできるだけ集めて集大成としたものという。帯の惹句には渾身の随筆集とある。
硬軟取り混ぜて文字通りミセラニーという感がある。自分史とか、評論・論文とかのいかめしい表題が並んでいるが、
しっかりと目に止まるのは、第2章にまとめられた「女房殿」と名付けられたグループである。
このグループには次のようなタイトルが並んでいる。「書かないと約束したのに」、「妻が泣いた日」、「妻の笑顔が生きがいになる年代」、……等々。
もうタイトルを見ただけで、同世代の者であれば、誰もが思い当たるに違いない、と思われる普遍的テーマである。
なかでも、「女房殿」と題した文章は、実に素直に心情を吐露した感謝状になっている。この文書を贈られた奥様は幸せですね。
充実した評論も収められている。『ポリタイアの人々』については、熱い思いのこもった本と評している。どこか強く共感するところがあったらしい。
「ポリタイア」とは、檀一雄が昭和43年に創刊した文芸誌とのことだ。ギリシャ語で理想的運命共同体を意味するらしい。
『ポリタイアの人々』の著者・二ノ宮一雄さんには檀一雄に対する熱い思いがあった。
小説家として船出はすが、文学賞の新人賞に応募しても予選通過にとどまってしまう。その後にさまざまな心理的葛藤があったようだ。
さすがに、長年日本語教室で鍛え上げただけに、いずれの文章も理性的である。一つひとつの文章がよく練られていると感じる。
決して大声を出すことがない、落ち着いた、てらいのない文章が並ぶ。
◆ 『カシオペア旅行 一名誉教授のミセラニー』 小杉山基昭、文藝書房、2012/1
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