■『ナマケモノの不思議な生きる術』 徹底的にトロい (2014.9.19)
あのベスト・セラー『ゾウの時間ネズミの時間』以来、著者・本川達夫さんのファンです。いつもユニークな発想に啓発される。今回の文庫本は、かつて『歌う生物学』(1993年)として刊行されたのを再編集したもの。この『歌う生物学』は、生物学の基礎を著者自作の歌にのせて学ぶそうだ。ちょっと腰が引けてしまう。
本書のタイトルは「ナマケモノ」であるが、テーマは「生物多様性」だろう。多様な生きものの生き方を知り、それぞれの生き方の秘密を探り、それをもとに、生きものの世界観・価値観を理解すること。それを通してわれわれ自身がより広くより豊かな世界観・価値観をもてるようになる、と著者はいう。
ナマケモノはなぜなまけて生きられるのか。徹底的にトロさに徹したのがナマケモノである。それでもちゃんと生物として成功しており、ほかの哺乳類よりもずっと長い寿命をも享受している。進化において新しい系統の祖先となるのは、いつも小さなサイズの動物だった。大きいものは、環境のちょっとした変化には強く安定しているのだが、環境が激変すると、新しい環境に適した新しい種をうみだすことができずに絶滅してしまう。
科学研究への取り組み方に、日本と西欧で違いがあるという論は興味深い。日本人はなるたけ曖昧さのないデータを得ることに熱心で、データがとれたら、あとは事実をして語らしめる。よけいなおしゃべりはしない。それに対し、西洋の科学者にとっては、データとは自分の理論をつくりあげるための材料で、論文では、結果より議論のほうに力が入り、おしゃべりが長くなる。「単に事実を集めても科学にはならない。新しい仮説を提出してはじめて科学となるのだ」というのが西欧の姿勢だ。
日本の科学者には、禅が大きな影響を与えてきたと、著者はいう。禅における悟りとは、日常の普通のことを、おのれの解釈などという雑念を捨てて、くり返ししっかり、やりつづけることにより得られるものだ。だから日本の科学でも、誰がみても正しい事実を求めて、たとえそれが些細な事項であれ、研究しつづけていくのが真理に至る道なのである。
西欧科学の形成にキリスト教のはたした役割は大きい。ニュートンを動かしていたのは、神の栄光と働きを自然の内に見いだそうという情熱だった。万有引力の発見にしても、ただリンゴが落ちたから急に思いついたわけではなく、「神のつくられた万物には神の愛が宿っている。だから物は互いに愛の力により引きあう」というキリスト教的迷信がケプラーに万有引力を思いつかせ、それがニュートンで開花したのである。
日本的発想法が自然科学に新しい息吹を吹きこみ、西欧科学の欠点を正すことができるのではないか、と著者はいう。これから、科学はより複雑で、より絶対の真理に近いものを取り扱うようになっていくと思われるが、そのときは個々の微妙な差異や歴史性を重視しなければならず、多神教的思考の得意とするところとなるのではないか。
◆『ナマケモノの不思議な生きる術 生きものたちの驚きのシステム』 本川達夫、講談社+α文庫、1998/3
著書には、『ゾウの時間ネズミの時間』(中公新書)ほか
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