■ 『ワンコイン悦楽堂』 ユニークな書評集。若すぎる死 (2006.3.21)
ユニークな書評集である。朝日新聞インターネット版のコラムに02年8月〜04年9月まで連載されたもの。しかし、これだけ多彩な本を取り上げた書評本なんてめったにない。ページをめくり次の章に出合う度に意表をつかれる。話題は縦横に広がる。博引旁証と言ったらよいのか。興味の深さも尋常ではないし、ユーモアも忘れてはいない。
冒頭に取り上げられているのは『アフガニスタンの星を見上げて』、1979年のソ連軍の侵攻をのがれて、一人の少年が危機を乗りこえ日本に脱出してきたというう手記。『完訳 チャタレイ夫人の恋人』では、かつての削除部分を暴いて、年代を追っての移り変わりに言及する。
菜摘ひかるを知っていますか?29歳の若すぎる死。著者は彼女の文章をこう評している。……オトコ言葉を交えた容赦のないコメントからなる乾いた部分と、内省的でどんよりと鬱にに落ち込んだ湿った部分とが、絶妙のリズムでないまぜになり、たぐいまれな屈折率を作り出している。
ワンコインとは100円玉とか500円玉のことだ。著者の言うルールは次のようなものである。……ブックオフとか、いわゆる新古書店が、続々と店開きしている。「100円コーナー」に大量のリサイクル本が並んでいる。これもう、宝の山だ。もちろん当たり外れはある。なかには、最初からはずれとわかっていて買う場合や、すでに読んでしまったものを買う場合もある。でも気にしないでおきましょう。何しろ100円ですからね。
「コインの経済」を楽しみたいというのだ。ところが、著者・竹信悦夫は04年9月休暇で家族とともに滞在していたマレーシア・ランカウィ島で遊泳中に溺死してしまう。享年54歳。早すぎる死だ。
巻末の対談からうかがえるは竹信悦夫の早熟な天才性である。既に「伝説の小学生」として、灘校に鳴り響いていたとのこと。また、奥さんの回顧によれば、スーパーに買い物に行くと、入り口で必ず「きょうの値下げ品」をチェックする自称「男のオバサン」でもあったという。そして言葉や観念の独り歩きを嫌い、「現実」と「事実」の軽やかさ、面白さを体いっぱい受け止める姿勢だったと。
◆ 『ワンコイン悦楽堂 ミネルヴァの梟は百円本の森に降り立つ』 竹信悦夫著、情報センター出版局、2005/12
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