■ 『小澤征爾さんと、音楽について話をする』 村上春樹との対談 (2011.12.6)
小澤征爾は、2009年12月に食道がんが発見され、大がかりな切除手術を受けた。療養、リハビリを経て、2010年12月、カーネギーホールの復活コンサートで圧倒的な成功を収めたことは耳新しい。
本書は、1年以上にわたった村上春樹と小澤征爾とのインタビューをまとめたものだ。さすがに村上春樹の音楽感性はするどい。あたかもピアノ協奏曲を振りまとめる指揮者のように、小澤征爾から深いメッセージを引き出している。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番や、カーネギー・ホールでのブラームスの第1交響曲がインタビューの題材になっている。なかでも、マーラーについて語り合ったものが興味深い。もちろん、バーンスタインやカラヤンなどのカリスマ音楽家とのエピソードも忘れられないが。
小澤の初期活動期――ニューヨーク・フィルのアシスタント指揮者をつとめたころは、ちょうどバーンスタインがマーラーへの扉を切り開いていた時代と重なる。初めてマーラーのスコアを見て、すごいショックだったという。オーケストラをこれほどまでうまく使える人がいたんだと。
マーラーの音楽の本質は単純なものだという。オーケストラは複雑に書いてあるが、すぐみんなが口ずさめるような音楽性をそなえている。だから、優れた技術と音色で気持ちを込めて演奏し、それを同時進行的に指揮者がまとめれば、マーラーの音楽は聴衆に伝わると。この言葉には、「細部を突っ込んでいけば全体が浮かんでくる」という現在の小澤の音楽的アプローチの萌芽がある。
いま小澤は若い音楽家の育成に情熱をかけているようだ。スイスのレマン湖畔の町を本拠地として、若い音楽家たちのためのセミナーを毎年主宰している。ここを村上春樹が訪ねたレポートで本書は締めくくられている。
セミナーのテーマは弦楽四重奏だ。弦楽四重奏を経験すると、1人で演奏しているときに比べて、耳が四方八方に向けて広がる。ほかの楽器の演奏に耳を傾ける。内声を弾くことによって、音楽の内面を見ることができ、音楽が深くなるという。
「決まった教え方があるわけじゃありません。その場その場で考えながらやっているんです」と小澤は言う。こうあるべきだ、という型を用意していくんじゃなくて、何にも用意しないでいく。自分が若いときに教わったものとは、むしろ逆のことをやろうとしているのだと。
◆『小澤征爾さんと、音楽について話をする』 小澤征爾・村上春樹、新潮社、2011/11
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