■ 『パルティータを鳴らすまで』 バッハを究める (2026-3-9)

音楽小説というジャンルがあるのでしょうか。国際ピアノ・コンクールに挑戦する若者たちを描いたものがあったようだが。
当小説もこの範疇に入るのかな。主人公は14歳の中学2年生。4歳から里子となっている。あと半年で里親を離れて実の母親の元にもどる約束だ。この機会にバイオリンの難曲に立ち向かい演奏会を開き、やさしく見守ってくれた周囲の人々に、これだけ成長したんだぞという姿を見せたいと思う。里親先が弦楽器工房なので、バイオリンの手ほどきは受けているものの、バッハのパルティータとは厳しい挑戦だ。まわりの人々の心やさしい支援の様子が淡々と展開する。
パルティータとは、音楽事典によれば、いろいろな性格の舞曲で構成される組曲。ルール、ガボット、メヌエット、ブーレ、ジーグなどの舞曲だ。終曲には「ジーグ」が採用され壮大な終結を構成することが多い。主人公が弾くのは、バッハ作曲のパルティータ(BWV1006)だ。
弦楽器工房であるから、周りにはたくさんのバイオリンがある。バイオリンの手ほどきを自然と受けようになる。なかなかスジは良いようだ。父親から「拓実はいい音を出すなあ、もしかしたら百年に一度の逸材か」との言葉があった。
工房の祖父・岸根清太郎――かつて有名オーケストラのコンサートマスターを務めた実績がある――の指導を受けるようになる。きっかけは、主人公自身が工房内のギクシャクした親子関係を、なんとか修復したいという強い願いがあったからだ。じいちゃんからは、まずクロイツェルの練習曲に取り組めとのとの指示。毎週水曜日にはレッスンに通った。バイオリンを弾いている間、じっと仁王立ちで腕組みをして難しい顔で聴いていた。
3月の演奏会には、皆が参加してくれた――工房の両親、実のママ、近隣の仲間など。もちろん、じいちゃんも。パルティータ第3番は苦悩の日々から解放されたように明るく響いた。壮麗な音が演奏会場の教会を満たした。満員の拍手で演奏会は終わった。僕は全力を出し切った。そう思ったらすごく安心して、抑えていた別れの実感が、急に溢れ出てきた。
◆ 『パルティータを鳴らすまで』せやま南天、朝日新聞出版、2025/11
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