■ 『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』 バイオロギングの活躍 (2016.9.1)








「バイオロギング」という言葉を本書で初めて知った。「生態記録」とでも言い直せるのだろうか。たとえば、ホッキョクグマの背中に、センサーとメモリーを取り付けて、あるがままの日常を記録するわけだ。動物がどこで何をしていたのかを克明に読み取ることができる。




バイオロギングの歴史を拓いたのは、生理学の巨人といわれる、アメリカのショランダーだという。1940年、世界で初めて野生動物に記録計を取り付けて行動を測定し、論文を発表した。その後、優れた研究者によって、より小型でより高性能な記録計の開発が続いた。デジタル式の記録計の開発に成功した日本の内藤靖彦(極地研究所教授)の貢献度も高い。著者はこのバイオロギングの世界に、この10年ほどどっぷりとはまっているようだ。

バイオロギングの手法は日々進歩してきた。GPSを利用した手法もあるが、機器の回収と消費電の問題がある。いま最もメジャーな動物追跡システムは、アルゴスという、人工衛星を使ったものである。送信機を動物に取り付け野外に放すだけである。送信されたデータを、人工衛星が受け取り地上のコンピュータに転送し、ドップラー効果の情報をもとに位置が計算される。結果はインターネット経由で研究者に届けられる。機器を回収する必要がないため、応用範囲が広く、いろいろな種類の動物を追跡できるメリットがある。

鳥の渡りの追跡に特化したジオロケータと呼ばれる超小型の記録計が開発された。照度の記録から地球上のだいたいの緯度、経度を測位するものだ。位置情報の精度は低いのだが、鳥の渡りを巨視的にとらえたいときには利便性を発揮する。著者は、切り離し回収システムを発明している。これはバイオロギングの歴史の中でも重要な1ステップになるものだと自負していう。

著者は、バイオロギングによって、マグロの平均時速は、7キロという成果を得た。どんな魚でも8キロ以下だ。子供向け図鑑などでは、マグロは時速80キロ、カジキは100キロ以上などと書いてある。この通説は、1960年頃の旧ソ連の研究論文がよりどころになっているようだが、測定方法は明示されていない。はっきりとした科学的手段によって、誤った通説がくつがえされた例である。マグロは時速80キロでは泳がない。

南極のアデリーペンギンの生態調査でも、バイオロギングが威力を発揮した。目的は、ペンギンが海の中でエサをとる様子のモニタリングであった。もう一つの目的は、ペンギンの1年間の回遊経路を明らかにすること。シーズンの終わりにペンギンにジオロケータを装着し、1年間つけっ放しにして翌シーズンに回収する。この結果、ペンギンは、季節に合わせて半球内の南北移動をしていることがわかった。全体の経路は大きな時計回りの円を描いていて、現地の海流の方向とよく一致していた。

「ペンギンは、なんでもぐるのですか?」。小学校4年生くらいの男の子にうけた質問が忘れられなかったそうだ。海の中にいる魚やオキアミを捕まえて食べるためですよ、と答えればクリア。質疑応答は終了だ。まてよ、もしかしたら男の子の質問の意図は別のところにあったのかもしれない。ペンギンは鳥である。それなら他の鳥のように、空を飛べばいいのではないか。なぜペンギンだけが海に潜る生活を選んだのか、そんなことを聞きたかったのかもしれない。

ペンギンはアホウドリなどを含むミズナギドリ目に近い仲間。共通の祖先をたどれば6000万年前までは空を飛んでいた。鳥という動物はそもそも陸上を歩いていた爬虫類の祖先が体を軽量化し胸筋を強化し翼を発明することによって、ついに空中進出していった。なのにペンギンは、せっかくの進化をねじ曲げて飛ぶことをやめ、海の中に入っていった。

鳥類のペンギンだけでなく、哺乳類のアザラシやクジラ、爬虫類のウミガメなど、息をこらえて海に潜る肺呼吸の動物たちは、すべて同様の矛盾を抱えている。すべての脊椎動物は魚類にまでさかのぼることができるから、共通の祖先は水中でエラ呼吸をしていたはず。そのうちの一部が肺呼吸を進化させ陸上に進出していった。それなのに、ペンギンもアザラシもウミガメもせっかく手に入れたはずの肺呼吸のメリットをふいにして、海の中の生活になぜだか還っていった。なんという非効率、なんという行き当たりばったり。

著者は言う。「行き当たりばったりな進化」こそ、動物研究の面白さが凝縮されていると。動物の進化はあらかじめ決められた道筋に沿ってまっすぐ進みはしない。あっちにふらふら、こっちにふらふらする。今来た道を戻ったりすることも。動物の唯一の達成目標が、いかにして今を生き延びて多くの遺伝子を次世代に残すことだからだ。肺呼吸の動物が海に還るなんて、全く道理に合わない。けれどもなんとかやっているうちに、なんとかなってしまった。ペンギンだって、アザラシだってなんだかんだいう間に、水中生活に適応し、深くて長い潜水技術を習得してしまったのだ。


◆ 『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』 渡辺祐基、河出ブックス、2014/4

    HOME      読書ノートIndex     ≪≪ 前の読書ノートへ    次の読書ノートへ ≫≫