■ 『レイチェル・カーソン』 環境問題の先導者、「沈黙の春」は予言書か (2004.12.13)
環境問題とレイチェル・カーソンの結びつきを知ったのは、遅まきながらつい最近である。彼女が『沈黙の春』を発表し、農薬散布による環境破壊の恐ろしさを、初めて世に知らしめたのは1962年のこと。当時、「環境」という言葉は、現代のような、自然保護という概念を代表してはいなかった。
本書は、レイチェル・カーソンの生涯を、エピソードと著作――初期のものから晩年の『沈黙の春』まで――を交互に挟み込みながら、伝記的にまとめたものである。レイチェル・カーソンは、17年間を公務員として政府の魚類野生生物局に勤務しつつ、専門的な公報誌や新聞、雑誌に多くの記事を書いていた。最後の著作『沈黙の春』は、ガンとの苦しい孤独な戦いのなかから生まれた。
彼女は、控え目な性格だったという。しかし、『沈黙の春』にみられるような、静かな物言いでありながら、ねばり強い主張に強く印象づけられる。膨大な文献を読みとき、データを検証し、自らが信じた事実をベースに確固たる主張を行った。
レイチェル・カーソンは、専門的な知識を持ち、しかも文学的な素養にも恵まれていた。緻密な調査研究、詩人としての天賦の才能。これらの資質が一体となって、作品に科学と文学の融合をもたらしている。本書に転載されている最初期の「海の中」にしても、これらの資質、みずみずしい感覚があふれている。
絶筆となった『沈黙の春』のタイトルは、英国の詩人キーツの詩から引用したとのことだ。「湖のスゲは枯れ果てた そして、鳥はうたわない」と。『沈黙の春』は出版されてから10年もたたないうちに、歴史の流れを変える本となった。科学技術的な危機を煽り立てる通俗的解説とは画然と範疇を別にする、レイチェル・カーソンの道徳観と科学的な確信に裏付けられた予言書でもあるようだ。
地上の生命の歴史は、生物とかれらをめぐる環境とのかかわりの歴史にほかならない。地上の動植物の形や習性は、おもに環境によってかたちづくられてきた。地球が誕生してから、こんにちに至るまでの時の流れのなかで、生物が環境を変えた逆な事例はほとんど見られない。ところが今世紀になると、人間という一種族が、自然を変えうるおそるべき力をまたたくまに獲得したのだ。
◆ 『レイチェル・カーソン』 ポール・ブルックス著、上遠恵子訳、新潮社、2004/3(新装版)
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