■ 『その数学が戦略を決める』 大量データ解析は万能か? (2008.1.26)




大量データを解析しその結果を経営戦略に結びつけること。この実用例は、すでに日本のあちこちのコンビニで見られる。POSを活用して商品のデータ管理を徹底する。そして売れ筋・死に筋の商品をきちんと分析し棚の回転率を上げ在庫を減らす。品揃えの戦略こそコンビニの生命線だといえる。本書の中心テーマは、大量データ解析――「絶対計算」と呼んでいる――が、今やあらゆる分野で意志決定に活用されているということ。企業は絶対計算(データマイニングとも)を駆使して収益に結びつく要因を掘り出し、競合他社をうち負かそうと苦闘している。

絶対計算の企業活動への適用例が豊富にとり上げられている。例えば、レンタカー会社は、クレジットカードの返済実績の低い人にはサービスを拒否するそうだ。データマイニングの結果から返済実績の低い人は事故も起こしやすいからだという。このような大量データ解析が行き着くところ、個人情報が思わぬ形で悪用されたり、人種差別につながるリスクだってあり得る。データ分析に全面的に依拠することの危うさを、著者は指摘することを忘れてはいない。

絶対計算を支えている統計技法は回帰分析無作為抽出テストの2つ。回帰分析は、実績データを使い、一つの変数に他の因子がどのように影響するかを計算する統計手法。回帰分析は大量の実績データを前提とするが、無作為抽出テストはリアルタイムで必要データをつくり出す方式である。テストを行う前に仮説を立て、その結果を大量データによって検証するのだ。無作為抽出技法の普及は、インターネットによって大きな母集団を確保するのが容易になったからだと言える。

一方で、人間(それぞれの分野の専門家)は、コンピュータによる絶対計算(回帰分析や無作為抽出テスト)から導かれた方程式よりも優れた結果を出せるのだろうか?という疑問がある。人間とコンピュータを対話させるのが最高の方式かもしれない。ただ、人間はシステムに優越感をもち自信過剰なので、コンピュータの予測を無視して誤った思いこみにしがみついてしまうことがある。著者の見解は――両者の意見が分かれたら、最終判断はコンピュータの統計予測に任せるのが良いと、冷静である。

人間に残された最も重要な役割は、統計分析にどの変数を入れるかを、知恵をしぼり直感を使って推測すること――仮説立案である。どんな因子が何を引き起こすかについての仮説を組み立てること。コンピュータは回帰式を使って、そこに因果関係があるかを試しその影響の大きさを教えてくれる。

それにしても、”絶対計算”という訳語が気になる。回帰分析や無作為テストをひっくるめての概念としては違和感がある。原著ではどう表現されているいるのだろう。

◆ 『その数学が戦略を決める』 イアン・エアーズ著・山形浩生訳、文藝春秋、2007/11刊

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