■ 『ショスタコーヴィチ全作品解読』 潔い解説書 (2006.11.3)




今年(2006年)は、ショスタコーヴィチの生誕百年である。
大野和士が新日本フィルを指揮した交響曲第4番に、目を開かされる思いをしたのは、この1月であったか。
こちら


著者の工藤さんは、大学に籍をおく環境工学の研究者である。
かねてから、ショスタコーヴィチに関するウェブサイト――本書の母体である膨大なデータベース――を運営している。→ こちら

清々しいというか、潔いというのが本書を手にしての第一印象である。
著者はあくまでも、ショスタコーヴィチ研究の専門家ではないと断りながら、
「現時点で広く事実と認められた事柄を整理することで、ショスタコーヴィチの真実について読者独自の見解を導く手助けとなることが本書の目的である」と宣言している。

主観的な解釈は最低限に留め、極力客観的な姿勢に徹するようにした。過度に分析的な記述は避け、ショスタコーヴィチの世界観の背景を理解するように心がけた。読者が次の一歩を踏み出す手がかりとなることを意識したと。

入門書が本書の性格だとのことだが、内容的には標題の「全作品解読」を裏切ることはない。まさに網羅的な充実したものである。常に手元に置いてページをのぞいてみたくなる、参考書だ。主要な資料のリストを解説つきでまとめたとのことで、マスター・インデックスとしても万全である。

客観的とは言いながら、作品の解説・紹介には、思わず愛情がほとばしってしまう。
たとえば、交響曲第4番は、こうである。……途切れることなく持てる限りのエネルギーを叩き付けてくるような音楽は、演奏者だけではなく、聴き手にも尋常ならざるエネルギーを強いる。

交響曲第8番は、バロック時代の組曲の形式で構成されたこの交響曲は、高度に抽象的なショスタコーヴィチ独特の音楽世界である。水も漏らさぬ緊密な構成と無意識に聞き流すことを拒否する深い楽想、強引なまでに聴き手を引きずり込む巨大なエネルギーが際立つ大傑作である。

注文をつけるとすれば些細なことである。推薦盤については主観的な好みで選択したとのこと。必ずしも読者の共感を得られないかもしれない、と断っているが。例えば、このところ話題のバルシャイの指揮した交響曲全集に触れられていないのはちょっと残念な気がする。

また、録音状態には一切コメントなしだが、再生環境や聴き手の嗜好などによって分かれるからこそ、著者の評価――一定の水準に達しているかどうか――を聞きたいものである。


◆『ショスタコーヴィチ全作品解読』 工藤庸介著、東洋書店、2006/9刊


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