■ 『主語を抹殺した男 評伝三上章』 象は鼻が長い (2007.1.6)
三上章といえば主語否定論。三上の主張を援用すれば「私はあなたを愛しています」は悪文である。日本語は述語だけで文が成り立つ。だれのことかわかっていればいう必要がないのである、省略ではない。だから「愛しています」あるいは「好きです」だけで立派な文なのだ。文脈であきらかにわかるのに、不要な補語がついている――悪文だ。
『象は鼻が長い』(くろしお出版)は1960年に出版された三上の代表著作。今も続くロングセラーだという。そこで展開するのは、主題をしめす「は」のこと。”象は鼻が長い”では、「は」が表すのは主語でなくて、「主題」(トピック)だと主張する。
主題とは、述語との間に文法関係も持たずに、たんに聞き手の注意を引くために文から切り取って「いいですか、これについて話しますよ」としめすためのものだ。「は」は、「文からある語を取り出してきて旗のように聞き手にしめすスーパー助詞」であると。「日本語の文にも主語はあるが、発話においてそれを省略する」という発想自体が英文法であると説く。
三上章は山口県に生まれた。山口高等学校から三高へ。数学は頭抜けてできたそうだ。音楽にも興味を示しピアノを習う。東京大学工学部建築科に入るが、これは叔父の指図による。後年、三上は建築家にならず、女子高校で数学と音楽を教えることになった。晩年には、大谷女子大学の国語学の教授として招かれる。亡くなるまで一介の教師でありつづける。「ボクは日曜文法家」だと。
九州帝国大学の佐久間鼎教授が書いた『日本語の特質』に衝撃を受け、三上は日本語文法に一生を賭けようと決める。38歳であった。佐久間の本職は言語学でもなく国語学でもなく、心理学者であった。本職は高校の数学教師であった三上と共通していないか。
三上章の文法研究を支えた最大のデータは新聞の切り抜きであるという。細かく切った記事を手帳にどんどん貼りつけていくそうだ。言葉がじっさいに使われた現場に材料を求め、そこから驚くべき法則性を結晶化させていったのが三上文法なのである。三上文法の説得力はその主張がすべて具体例で支えられたものだからだ。
◆『主語を抹殺した男 評伝三上章』 金谷武洋著、講談社、2006/12刊
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