■ 『大洋に一粒の卵を求めて』 ウナギ1億年の謎に挑む (2020.9.24)
2009年の夏、著者らの研究グループは、マリアナ諸島沖でニホンウナギの卵を採集することに成功した。世界で初めてであった。
広い太平洋の真ん中で直径1.6ミリの卵を採集しようというのは、滄海の一粟(そうかいのいちぞく)の感があったという。
調査研究に乗り出してから約40年の歳月が経っていた。
ウナギはマリアナ諸島沖で生まれ、東アジアの河川を遡上する。ウナギの一生の回遊距離(生育場と繁殖場の往復)は数千キロに及ぶという。生物には、成育場は広く繁殖場は狭いという生命の原則がある。ウナギは東アジア一帯から、台湾、中国、韓国、日本という広い地域を成育場にしている。広ければ仲間同士で餌を争わなくても済む。繁殖場は西マリアナ地域のたかだか南北300キロ程度の狭い範囲である。繁殖のためには雄と雌が出会わなくてはならない。狭いほど繁殖相手に遭遇する確率は高まるだろう。
今回の卵の発見には、耳石の研究が大きく寄与している。魚は脳の下に内耳があり、その中に耳石がある。微量元素のストロンチウムが海水から体内に取り込まれ血液を介して耳石に沈着する。耳石に含まれるストロンチウムを分析すれば年齢がわかる。また、年輪のような輪紋が1日に1本できるできるので、レプトセファルス(ウナギの幼生)の耳石から日周輪を数えれば、いつ孵化したかがわかる。採集場所から海流の流れを日輪数だけ遡れば、産卵場所の見当がつくのだ。
親ウナギは東アジアを出て、北から南に泳ぎ3000キロに及ぶ長旅の末に、西マリアナ海に着く。3つの海山のある海底山脈を目指しているのだろう。最終ゴールの水域に達すると、ウナギはそれまでの海水とは違う何かを感じとって、ついに目的の産卵場に着いたことを知るのだ。水塊独自の匂いで判断しているのだろう。それぞれの環境には特有の植物プランクトンや、動物プランクトンが生息している。こうした生物相の違いが、これらが死んで細菌の分解を受けたとき、異なる匂いを発するのだろう。ウナギは嗅覚が発達しているので、「あっ、この匂いは子どもの頃に嗅いだあの懐かしい匂いだ」と感ずる。
いま、ウナギ資源は減少している。日本で消費されているウナギの99.5%以上は養殖である。その養殖ウナギも元は天然のシラスウナギ。沿岸で獲った天然シラスウナギを半年かけて成長させ夏の土用の丑の日を狙って出荷している。シラスウナギが獲れなくなった原因は3つ。@獲り過ぎ、A生息環境の悪化、河川の水質汚染、B海洋環境の変化。地球規模の気候変動で東アジアに回遊してくるシラスウナギが減っている可能性がある。
日本でウナギの資源保全計画を具体的に立案できないのは、大本になる統計がないからだ。河口で採るシラスウナギや河川の黄ウナギ、銀ウナギの漁獲データを集計し信頼できる統計を作ることから始めなければならない。
◆ 『大洋に一粒の卵を求めて 東大研究船、ウナギ一億年の謎に挑む』
塚本勝巳著、新潮文庫、平成27(2015)年/7月
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