■ 『別れの挨拶』 丸谷才一さんの追悼本ですね  (2015.9.25)






丸谷才一さんが鬼籍に入ったのは、2012年10月のこと。数カ月前には、音楽評論家・吉田秀和が亡くなっている。後を追うようでなにか因縁を感じる。本書は丸谷さんの追悼として編集されたようだ。




丸谷さんはあらゆる機会をとらえて、吉田さんの功績を大きく評価していた。本書にも、「われわれは彼によって創られた」という文章が収められている。戦後日本の音楽は吉田秀和の作品である。もし彼がいなかつたら、われわれの音楽文化はずつと貧しく低いものになっていたろうと。

とりわけ大事なのは、彼がその文章と談話(NHK「私の試聴室」)でわれわれを教育し育てたことである。膨大な数の人々が、彼の文体と声に魅惑されて、ベートーヴェンやリヒァルト・シュトラウスの世界に参入した。われわれクラシック音楽の愛好者は彼によって創られた、という。

本書の最終章は、「わが青春の1ページ」と名づけたもの。桐朋学園音楽科60周年記念コンサート・祝賀会での挨拶の草稿である。文頭では、戦後の日本はすごかつたと、近頃は、不景気と地震と原発事故のせいで評判が落ちたと言っている。そのなかで相変わらず自慢できるのは、世界のクラシック音楽への日本の寄与と貢献であると。

小澤征爾というマエストロを生んだことでもあり、桐朋学園音楽科の成果だった。戦後日本で最も成功した文化運動は、桐朋学園音楽科だつたと。丸谷さんは昔、桐朋音楽科にほんのちよつと関係したとのこと。わが青春の1ページとして、誇らしく思ひ喜んでゐますという。

丸谷さんはこの草稿を書き上げた直後に不整脈で倒れた。会の前日(10/7)のことである。逝去は、2012年10月13日であった。


◆ 『別れの挨拶』丸谷才一、集英社、2013/10

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