■ 『わかりやすさの本質』 ひと味違った文章読本。のりしろを設けること (2006.3.2)
ひと味違った、あるいは情報伝達の本質を考え直す文章読本と言うべきか。著者は新聞記者経験22年のヴェテランである。本書を、知的障害者のための新聞「ステージ」の編集を通して、個々人の間のコミュニケーションや社会を理解する上での「わかりやすさ」を追求してきたドキュメンタリーと言っている。
情報を伝えるということは、発信する側がどれだけ理解しようと、受信する側の理解力をきちんと押さえておかないと、何も伝わらない。わかりにくい部分は、書いている記者自身が実はよく理解できていなかったり、取材が足りなかったりして、抽象的な表現を持って回った言い方でごまかしていることもあるのだ。
新聞にはわかりにくい記事がたくさんある。活字が大きくなったために、1ページに掲載できる情報量が少なくなってきた。その影響で省略したり圧縮した表現が年々目立つようになってきたこともある。一つ一つの記事が短くなり、最小限の行数に必要な要素を詰め込もうとして複雑な構造の文章が生まれる。
一つの文章の中に抽象的な単語が多数存在し、<主語―述語>がいくつも登場し、それらのペアが交錯するような文章もある。さらには、さかのぼって言葉にたどり着かなければならないような記事とか。複雑な構成で単語や文脈を一時的に整理したり、棚上げしたり、呼び戻したりしながら――かなりのワーキングメモリーが要求される――読まなければいけない文章もある。
知的障害者のための新聞「ステージ」では読者対象を、わかりやすく把握するために、おおむね小学校3年生が理解できる程度の難易度の文章にしよう、と申し合わせたそうだ。発達心理学によると、子どものころは視覚的に目立った特徴によってものごとをとらえていく傾向があり、9歳ごろまでを「直感的思考」の段階と呼ぶ。 体験や見た目の表面的な違いにとらわれずに、一つの事象や単語の背景に広がっている「意味」へと思いを馳せ、推論を働かせて抽象的、概念的な思考が可能になっていくのが、ちょうど小学校3年生ごろだと言われているからだ。
わかりやすさの技法とは、例えばこんなルールである。
◆一つの文章はできるだけ簡潔に短くしよう。文章の構造はできるだけ単純にする。そのために接続詞はどうしても必要な場合を除いて使わない。時間的な経過をさかのぼることはしない。抽象的な言葉は避ける。比喩や暗喩は禁止。
◆カッコをやめよう。限られたスペースにできるだけ多くの記事を載せようと、カッコを使って情報をギッシリ詰め込むと、文章というよりメモや記号に近いような記事になってしまう。
◆「のりしろ」を設けよう。「のりしろ」とは、後ろに続く文章の中で、前の文章に使われたのと同じ言葉を繰り返して相互に文章をつなぐことである。「のりしろ」がまったくない文章や、代名詞や比喩を多用して、文章と文章が「すき間」だらけでつながっていない記事は、わかりにくいものだ。文字数は2倍近くに増えるが、文章を短く区切り、それぞれの文章に重複した「のりしろ」の部分を設けると、ずっとわかりやすくなる。
◆『わかりやすさの本質』 野沢和宏著、NHK生活人新書、2006/1月刊
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