■ 『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』高橋秀美、新潮社、2012/9
昨年(2012)亡くなった作家・丸谷才一さんによれば、野球が日本人の合理的思考を育てるの大きな力があったという(『袖のボタン』)。例えばトレードは、一生一つ所に勤めるのが立派という国民的固定観念を払拭したという。役割分担の重要性も――ピッチャーの先発、中継ぎ、締めの分担とか。首位打者やホームラン王やベスト・ナインとか、さまざまの個人賞を用意する工夫は、評価の多元化が人心を励ますことを教えてくれた、というわけだ。
とくに高校野球は日本人にとって特別なものだ。甲子園を目指しての、予選を勝ち抜く努力は、東京とか神奈川の激戦区では、想像をこえるものである。我が家は、市立高校のグラウンドに接しているが、それでも夏の予選が近づくと、野球部の練習に一段と熱が入るのがわかる。朝練も加わるようだ。
開成高等学校は毎年200人近くが東京大学に合格する日本一の進学校。その硬式野球部が、平成17年の全国高等学校野球選手権大会の東東京予選で、ベスト16にまで勝ちすすんだという。最後に敗れた国士舘高校が優勝したので、ひょっとしたら開成は夏の甲子園大会に出場していたかもしれない。
なんで開成が?というのが多くの人が抱いた疑問。本書はその疑問を解いてくれるのだろうか。開成高校にはグラウンドがひとつしかないし、野球部が練習できるのは週1回。それも3時間ほどの練習しかしないそうだ。あそこまで勝ち進めたのは、大量点を取るという野球をしたからだと、監督はいう。世に言われる「野球のセオリー」というものを、一つひとつ論理的に見直して明快な戦略を組み立てたのだ。選手には、すべて原点から自分で考えることをうながした。
一般的なセオリーはウチには通用しないという。例えば、ふつうは1番に足の速い選手、2番はバントなど小技ができる選手、そして3番4番5番に強打者を並べる。1番が出塁して確実に点を取るというセオリー。しかし、確実に1点取ったとしても、その裏の攻撃で10点取られてしまう。このセオリーには、相手の攻撃を抑えられる守備力という前提が隠されているのだ。開成にはそれがない。
甲子園常連校レベルに比べたら、開成は戦力で圧倒的な差がある。10点取られる、という前提で一気に15点取る戦略を考えること。監督はいう。ウチの勝つ確率は、何もしなければ0%。しかしギャンブルを仕掛ければ活路が見いだせる。注目は打撃だ。開成のセオリーはドサクサに紛れて大量点を取り、コールドゲームで勝つこと。勢いにまかせて大量点を取るイニングをつくる。ハイリスク・ハイリターンのギャンブルかも。
打撃で大切なのは球に合わせないこと。空振りになってもいいから思い切り振れ、と監督は指示する。思い切り飛ばす、と言い続けるほうが目標も単純で明快だ。合うタイミングは絶対にあると確信すること。三振でも思い切り振ると、「ナイス空振り!」とほめる。小細工をするな、大きい勝負に出ろと叱咤しているのだ。
守備は案外と差が出ないという。すごく練習してもエラーすることはある。試合でも、守備練習の成果が生きるような猛烈な難しい打球は1つあるかないか。監督が求めるのは、試合が壊れない程度に運営できる守備力だ。
それにしても開成の選手は理屈っぽい。他のチームなら自然に身につくことでも、全部理屈で教えなきゃいけないそうだ。つべこべ言わずに思い切り振ればいいんだよ、と周囲はじれったい。監督はいう「たとえミスしてもワーッと元気よくやってほしい。のびやかに自由に暴れまくってほしい。野球は『俺が俺が』でいいんです」
■『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』高橋秀美、新潮社、2012/9
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