■ 『人を動かす文章づくり』 心理学からのアプローチ (2001.10.7)

プロローグには、相手をきっちりと「動かさない」文書は「紙クズ」である、とある。「見て」「読んで」もらっても、相手を「動かす」ことができなければ何の意味もない、と言うのだ。相手の心の働きを知って、「見せる」「読ませる」「動かす」文書を作るために、認知心理学はヒントを与えてくれる。


 7つの原則があるという。
(1) 人を「動かす」文書を作る
(2) 「見せて」「読ませる」
(3) わかりやすさが鍵
(4) 相手の知識に配慮を
(5) 相手の気持ちに配慮を
(6) 特定の人をイメージする
(7) 事前に評価してもらう

人を「動かす」文書を作るとは、こういうことである。
例えば、マンションの管理人がゴミの収集に困って案内文を出す。「ゴミは朝6時から8時の間に所定の場所に出してください。前日に出さないでください」と。案内文を書いて掲示しても、問題の解決にはならなかった。1枚の案内文を作ってただ掲げて、すべての人が思うがままに「動いて」くれると思う方が間違いだろう。

ゴミ収集のルールに対する人間の社会性の問題は別にして、人はなぜ「動いて」くれないのだろう?
なぜ人を「動かす」文書を作れなかったのか?
・案内文をゴミがあっても見える位置に貼らなかったのはなぜだろうか
・真っ暗闇でも見える文書にしなかったのはなぜだろうか
・子どもや老人にも読める文書にしなかったのはなぜだろうか

文書づくりの技法をマスターするために、本書は物語仕立てで展開される。主人公は家電メーカーにつとめるビジネスマンで、取扱説明書(マニュアル)などの文書作成を行っている。彼が、上司から新製品説明会のために必要な文書類をすべて作成するという仕事を命じられる。このなかの課題を一つ一つ解決しながら、文書づくりの7つの原則をマスターしていくというストーリーである。

新製品発表の手順に従って、それぞれ対応する文書が解説される。案内状とか、チラシ/ポスターとか、製品の説明書とかの実用文書である。対象の文書はせいぜいが、5、6ページのものであろうか。論文の書き方などを期待してはいけない。目的によってそれぞれの章を読めば良いだろう。各章に課題と解答があるので実戦的に理解できる。

巻末に、心理学を中心とする用語の解説がある。たとえば、「スキーマ」、「メンタルモデル」を見てみよう。
スキーマ ;人間の過去経験を構造化した認知的な枠組み。人間はスキーマを基にして、文書の読みや理解を行う。
……要は、読みの頭に刷り込まれている固定的な知識の枠組み、と捕らえて良いであろう。

メンタルモデル 人間が心の中に作り上げる世の中についての仮説である。特徴は、(1)恣意性、人間は勝手気ままに「仮り」のモデルを作る。(2)一貫性。論理的に一貫していなくても、「体験的に」一貫している。(3)状況依存性。置かれた状況によって、作られるモデルは変質する。
読み手は読解をすすめながら、書かれていることは「だいたいこんなこと」というメンタルモデルを作り上げていく。ユーザは、何らかのモデルをあらかじめ頭の中にこしらえて、知識を受け取る、このモデルは、論理性や合理性というよりも、個人の経験や限定された知識に基づいて作られる。これがメンタルモデルである。
……スキーマを適用できないときに、人間はとりあえずのメンタルモデルを作って何とか理解を進めようとするのか。


◆『人を動かす文章づくり 心理学からのアプローチ』 山本博樹・海保博之編著、福村出版、2001/9


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