■ 『考える脳 考えるコンピューター』 記憶による予測の枠組み (2005.11.6)

著者の提案する「記憶による予測の枠組み」は新鮮なアイデアではないか。脳の働きをあきらかにして、その働きを人工の装置の上で実現すること。人間のように考え、真の知能を備えた機械をつくりたいというのが著者の目的。Palmの生みの親であるジェフ・ホーキンスの著。

人間は写真を見せられ直ちにイヌとネコを見わけることができる。0.5秒以内に正解を出すだろう。ニューロンはコンピューターに比べれば反応は遅い。0.5秒では、脳に入った情報は100個の細胞を通過するだけだ。同じ問題を解くのに、コンピューターは何十億というステップを必要とするだろう。なぜ脳はたった100ステップで解けるのか?解答を計算するのではなく、脳は記憶の中から引き出してくるのだ。ポイントは「記憶による予測の枠組み」。

ボールをつかむために筋肉を動かす命令は、脳の記憶に蓄えられている。ボールが投げられると、@過去の同じような光景が記憶の中から自動的に呼び戻される。Aその記憶から筋肉への命令の記憶が引き出されて実行に移される。Bそして、その瞬間にボールの実際の経路や身体の位置に適用するように、引き出された命令が絶えず調整される、というわけだ。ボールをつかむ方法は、脳に組み込まれた手順ではなく、何年もの訓練の繰り返しによって学習された記憶だ。ニューロンはそれを蓄えるのであって、計算はしない。

この記憶は新皮質が司る。(1)シーケンスの記憶、(2)自己連想による呼び出し、(3)普遍の表現、などが不可欠の要素である。自己連想的とは、入力が欠けていたり、ひずんでいても、記憶から完全なパターンを引き出すこと。靴がカーテンの下からのぞいていれば、自動的に全身の姿を想像するといった具合だ。

脳は蓄積した記憶を使って、見たり、聞いたり、触れたりするものすべてを、絶えず予測している。人間の認識は、感覚と、脳の記憶から引き出された予測が組みあわさったものなのだ。予測は新皮質のもっとも主要な機能であり、知能の基盤と言える。脳は現実世界のモデルを構築し、それが正しいことを絶えず確かめている。

「記憶による予測」のモデルを見ると。感覚器官からの信号は新皮質のいちばん下の領域に入り、順に上の領域へとのぼっていく。情報は上下の両方向に流れる。新皮質は1枚の大きな生体組織だが、特定の仕事を専門とする機能領域にわかれている。各領域のあいだは多数の軸索によってつながれていて、ある領域からべつの領域へと、情報がまとめて伝達される。実際に起きていることが階層をあがっていき、起きると思うことが階層をくだっていく。

すべての予測が経験によって学習されたものである。ペンの金具のパチンという音を現在も将来も予測できるのは、過去にその音を聞いたからだ。人間が生まれたとき、新皮質は何も知らない。言語も、文化も、家も、街も、成長の過程でかかわる人々のことも。こういった現実世界の構造は、すべて最初から学ぶ――パターンの分類とシーケンスの組みたてとして。これらは相互に補い影響を与えあう。脳は徐々に同じ対象に属するパターンのシーケンスを組みたてていく。こうして動物は生涯のあいだでに世界の構造を学習できるのだ。


◆『考える脳 考えるコンピューター』 ジェフ・ホーキンス/サンドラ・ブレイクスリー著、伊藤文英訳、ランダムハウス講談社、2005/3


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