■ 『日本語の教室』 大野晋著。全体像を「じっと見る、比較して見る」 (2002.10.6)
本書はあのベストセラー『日本語練習帳』の続編。岩波書店の編集部の質問に答える形をとっている。
最初の質問は、「日本語がよく書ける、よく読めるようになるには……」。大野さんは、何と大きな質問ですねと断ったうえで、「たくさんの読書が大切です。誰でもいい、気に入った作家の作品をたくさん読むことをおすすめします」と答えている。
本書の後半は、「日本語と日本の文明、その過去と将来」。日本人は日本語の問題というと、すぐ「美しい日本語」という。しかし現在の日本にとって大切なのは、感受性に傾いた日本語の使い方ではなくて、正確な日本語、的確な日本語、文意の明瞭に分る日本語を日本人一般がもっともっと心掛けるべきだと、大野さんは主張する。
日本人は、漢字に頼って、それを消化して使いこなすことで1000年以上を過ごしてきた。ヤマトコトバでは「みとめる」一つしか言葉がないところを、漢字では、認知・認可・認定・認識と精細に区別できる。もし漢字が無かったら、生活の複雑化・多様化に伴って発達し精密化して行く物事を一語一語で表現することができない。そして、思考の論理的展開、人間性の洞察までも、日本人は漢文に頼って学んで来たと。
日本語を正確に、的確に読み取り、表現する力が一般的に低下してきたのではないかと、大野さんは懸念する。正確に認識できていないことは、言葉にすることができない。事実の認識力の低下は、例えば、みずほ銀行のコンピューター統合のトラブルにも見られるという。物事をきちんと見て、起こりうる事実は何なのかを認識する力がなかったのだと。
日本語教育への大野さんの提案は次のようである。物事を組織として把握しようとすること、全体像を「じっと見る、比較して見る」ことが大切だという。事実を徹底的に重んじる精神、真実に誠意をもって対する精神を、基底に据えることだと。
「文章の縮約」を具体的な訓練方法としてすすめている。新聞の社説を400字原稿用紙に収まるように縮約すること。原文をおよそ3分の1か、または4分の1にする。原文の漢字を写すことで書取りの練習になり、単語を確実に記憶すること効果がある。段落をつけることで、相手の文章という組織を分析する力が養成される。縮約とは、要旨を箇条書きにすることではない、一つの文章としての形をなすことを求めている。
◆『日本語の教室』 大野晋著、岩波新書、2002/9
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