2巻にわたる目次を抜き出してみよう。ここには柳田邦男の、個人→日本人→社会→国家へと向かう視点の広がりがある。(1)自分の死を創る時代
(2)病気というパッセージ (3)障害、そして「第三の日本人」への道 (4)病む社会の"人間の物語" (5)現代人のパッション
(6)生き甲斐が揺れ動く時代 (7)権力の暗部を照射する眼 (8)技術社会の影と再生の道 (9)戦争の記録の新しい潮流 (10)女たちの時空の変容
(11)男たちは何を書くか (12)国際化による国家の中和化
「現代人のパッション」では、佐野眞一著『遠い「山びこ」 無着成恭と教え子たちの40年』(文藝春秋、1992年)を人間の絆の検証という意図に応えてくれる力作と評している。佐野眞一は、無着成恭と43人の教え子たちの人生を綿密にたどり、『山びこ学校』にかかわった多くの関係者の証言を収集し、それらを戦後日本の社会史・農村史・教育史のなかで検証した。『山びこ学校』に結晶した無着流教育をただ礼賛するだけでなく、そこに欠落していたもの、失敗だったというべき部分、にまで言及していると。
巻末の井田真木子さん(2001年没)との対談で、立花隆に言及している。重要なポイントは、彼は、スーパースターであり、またスーパースターにしか興味がないということ。『田中角栄研究』も日本の国を左右した首相である田中角栄の実像を知りたい。『宇宙からの帰還』でも、常人でない、月世界まで行った人を知りたい。あるいは脳死や臨死体験を知りたい。自分がノンフィクションのスーパースターだから、対象も同じ山頂の高さ、8800メートルの高さを持った人じゃないと興味がない。世の中もそれを期待している。
◆(1) 『人間の事実T 生きがいを求めて』 (2) 『人間の事実U 転機に立つ日本人』
柳田邦男著、文春文庫、2001/9
■ 読書ノートIndex1 / カテゴリIndex / Home