清水幾太郎『私の文章作法』から。
文章というのは一種の建築物だと考えています。大きな論文はビルディングのようなもの、
小さな文章は交番のようなもので、文章が建築物であるならば、それを作るには、どうしても、設計図がなければなりません。
第一に、文章を書き始める前に、完成後の姿というか、イメージというか、それが心に浮かんでいなければなりません。
第二に、どんな建築物でも、いろいろな材料が必要で、これを事前にすべて用意しておかねばなりません。それと同様に、文章の場合も、いろいろな観念を取り落としなく用意しておかねばなりません。「すべての文章は証明である」と言われるように、結局、いろいろな材料を用いて自分の主張の正しいことを証明するのが文章というものなのです。第三に、材料を実際に使う場合の順序を決定しておかねばなりません。どの材料をどの段階で使うかについて、綿密な計算をしておかねばなりません。以上のような諸点を書きとめたノートや紙片を「設計図」と呼んでいるのです。
清水幾太郎の主張は次の3点である。
@ 全体イメージをまとめる
A 材料を集める
B 使う順序を綿密に計算する、これは全体の構成・構造を考えること
全体イメージをつかむための第一歩は、目的の明確化である。学会に提出する論文を書くのか、今度開発したワープロのマニュアルを書くのか、あるいは昨日の事故調査の報告書を書くのか。技術文書の種類と、その相手、目的を明確にすることが、まず必要である。
いったん目的が明確になれば、それに従って材料を集め、次に論点を整理して、どのように材料を使うのかなどをまとめる。この段階は、文書の構成あるいは構造を考えることである。
問題点が複雑で多岐にわたる場合は、KJ法などを使って論点や全体イメージをまとめるのが効果的である。
論文などの場合には、全体イメージをまとめる段階と材料集めが、混然一体になるかもしれない。材料を集めていくうちに徐々に論点が整理されて、全体イメージが固まることになるだろう。
KJ法の活用
KJ方はアイデアを創り出す方法として、野外で観察した複雑多様なデータを、「データそれ自体に語らしめつつ、いかにして啓発的にまとめたらよいか」という課題から生まれた。本来は集団により問題解決を図る手法。第一は何を問題にするかという主題をはっきりさせることであり、ブレーンストーミングから開始する。
(川喜田二郎『発想法』)
例えば、上長から「小学校のパソコンの普及状況について報告せよ」などというテーマが与えられることがある。報告の目的は、米国と比較して市場の広がりを調べるとか、国内向けのパッケージ開発計画を提案するとか、いろいろ考えられる。まず最初に、文書としてまとめるために全体イメージを明確にしなければいけない。
次はテーマに沿って材料を集めることである。図書館で文献をあさるとか、近くの小学校に調査に行くことになろう。現今では、インターネットが情報収集の強力な武器になる。
文書をまとめる場合、材料集めが7、8割と言われる。素材さえあればともかく書くことはできる。可能な限り資料を集めることが大切であり、まずは量が問題である。集めた資料には出典を明記しておくこと。いつ、どこから、どんな手段で入手したのか。また資料のオリジナル性を尊重すること。原典のまま収集することが大切である。
まとめる(記述する)方法には、次のようなものがある。
・カードを利用する方法。かつて『知的生産の技術』で提案された方式である。
B6の京大カードに1件1葉で材料を書き出す。あとはカードをめくって、まとめるだけ。
・パソコンのハードディスクのフォルダーに、データを格納する方式もある。
パソコンに入れてしまえば、後の処理も楽になる。
しかし、じっくり考えるにはやはり紙に打ち出して読む方が効果的である。デジタルデータの時代ではあるが、推敲とかレビューは印刷結果を見ながらやる方が良い。
集めた材料をいくつかの適当なグループに整理してみる。まずおおざっぱな分類として、3つ位のグループになるかどうか検討してみるのが良い。必ずしも3にこだわる必要はないのだが、材料を整理するための一つの目安になる。
そしてグループの中での順序を考える。読者の頭にスムーズに情報が流れこむように。自分の主張に従って材料を並べるのである。
このときまとめたグループに表題を付けておくと良い。この表題は、名詞+動詞で表現すること。また主張にそった簡潔な表現であることが望ましい。
(例) ○ イントラネットが中小企業に普及してきた
× 中小企業とイントラネットについて
骨格をつくる
文章を書く際にもっとも留意することは、明快な骨格を形づくることである。骨格づくりは、見出しづくりから始まる。大見出しに始まり、中見出し、小見出しと階層構造を整える。わかりやすい文章は、見出しを拾い読みするだけでも、文意がつかめるものだ。見出しを工夫しながら、文章の論理構造をわかりやすく表現していくことを「構造化する」という。
ベートーヴェンの音楽
音楽のソナタ形式は、提示部、展開部、再現部・終結部の3部で構成される。ベートーヴェンの交響曲第五番は、冒頭はあまりにも有名な運命のテーマである。第1楽章は運命の主題によるソナタ形式。第2楽章はゆっくり、第3楽章はスケルツォ。第4楽章はしめくくりの勝利の行進で、ソナタ形式である。
音楽も文章も同じである。伝えるべきメッセージや主張は、まず冒頭で大きな声ではっきりと分かるように主張すること。重点先行主義である。そのあと、この主張を裏付けるために、材料を整理して提示する。
音楽は人の心を動かす、技術文書は仕事を動かさなければいけない。
起 春眠暁を覚えず
承 処々啼鳥を聞く
転 夜来風雨の声……これは技術文書ではいらない
結 花落ること多少なるを知る
「起承転結」のアウトライン構成方式がある。転の役割は、ところで、話変わって、……などである。しかし技術文書では、もっとはっきりとした構成としなければいけない。その文書の結論--一番の重点--をまずしっかりと伝えなければいけない。技術文書=仕事の文書では、転は不要である。冗長であり焦点をぼやかしてしまうことになる。
「転」にはこだわらずに全体を三部で構成してもよい。その場合は、前置きもしくは序論、つづいて本文あるいは本論、そしてまとめ/結論、という形になる。序・破・急、序・本論・結論とか首胴尾とかの三段構成が効果的である。
3に分割して考える
3×3(スリー・バイ・スリー)方式を紹介する。この方式は、「世の中のほとんど全ての事象は3つに分類できる」という観察理論?に基づいている。例えば、大・中・小、始点・中点・終点、速い・普通・遅い、深い・中間・浅い、バス・アルト・ソプラノ、若手・中堅・ベテラン、過去・現在・未来、上・中・下、真・善・美、等々。ほとんどの事象が、A・B・Cと3つのレベルに分類できる。
この理論を文書作成に適用したものが3×3方式である。文書の構成をあらゆる局面で3段階で考えるのである。文書の構成として、序論・本論・結論あるいは結論・理由・反論になるかもしれないが、いずれにしても3階層で考えるのである。3×3のマトリクスで考えるといった方が分かりやすいか。
強引に3つに分割して考えることは、網羅性をもたらす。つまり、考えが抜けることや、漏れがなくなる、という副次効果がある。目の前のものをとにかく3つのポケットに入れるのであるから、入れ忘れなんてあり得ないし、分類の区分が単純化されてはっきりするメリットもある。もちろん、無条件に何でも3つに分けろと言うことではない。対象によっては必然的に5つにしかならないということも当然あり得る。硬直的に考えないこと。
例えば論文を書く場合。大きな紙に以下のような表を準備する。各欄のバランスは真ん中の本論に最も大きなスペースを与える。前後は2・2・6程度の比率が適当であろう。行の見出しは、序論・本論・結論と並べてもよい。縦の列の見出しは、一つの例である。
結論を3つにまとめる
まず結論を考える。この論文で結論として何を言うのかを真っ先に考えて、それを文章化すること。結論の欄はさらに3分割されることになる。
結論を最初から考えるのは強引かもしれない。研究論文にしても、材料集めから始まって、論点を整理してようやく結論が最後に出てくるはずだから。であるが、重点先行の原理によって、まず結論からトップダウンで分解して行くというのが、この方式の主旨である。
テーマよっては3分割ではなく5分割あるいは2分割が適当な場合もある。
結論に対応して材料を拡げる
次に一番大きなスペースの本論を埋めて、結論につながる説明を展開する。結論に対応し本論も3つに分かれる。結論にいたるそれぞれの道すじを、今まで集めた材料で埋める。
マトリクスを活用する
このマトリクスを参照しながら論文を執筆する。既定の目次に合わせたり、数値データで補強したり、周辺を再調査したり、反論を付け加えたりするのである。マトリクスであるから、アウトライン全体の流れや、縦横のバランス――論理のつながり具合などを視覚的に評価・判断することができる。
3分割を繰り返す
分割したアウトラインたとえば本論を、さらにもう一度3分割して考える。3×3方式を繰り返して、深く掘り下げる。分割の最終段階では段落(後述)―思想の単位にまで落とす。
この方式は、論文だけでなくマニュアル、提案書などすべての技術文書に適用できるだろう。テーマによって必ずしも3×3のマトリクスではなく、2×2で考えられる場合もある。
パソコンを積極的に活用すれば、この3×3方式をもっとスマートに展開できる。
構成・分割の手がかり
アウトラインから細部への展開・分割には、一般的な整理の手がかりがある。
1. 場所Aから場所Bへ (澤田昭夫『論文の書き方』)
2. 時Aから時Bへ
3. 重要でないものから重要なものへ
4. 既知から未知へ、同意点から論争点へ
5. 簡単なものから複雑なものへ
6. 原理的なものから応用へ
7. 原因から結果へ(または結果から原因へ)
8. 一般から特殊へ(または特殊から一般へ)
段落(パラグラフ)は文章の一区切りであり、内容的に連結されたいくつかの文の集まりと定義できる。ある一つのトピック(小主題)について、ある一つの考えを述べている。段落は一つの考え、思想の単位であると言える。
段落の単位は、おおよそ200〜300字である。パソコン画面で5〜6行が目安、このくらいが読んでいて一気に頭の中に入る単位とも考えられる。
トピック・センテンス
パラグラフの主張を代表する文章である。トピックセンテンスは通常パラグラフの先頭に置かれる。従ってパラグラフの先頭だけを拾い読みすれば論文の全体概要を理解できる。
項目の順序に注意すること。箇条書きでは、項目を並べる順序そのものが読者へのメッセージとなるのである。報告書では、問題提起の重要度の高い順にならなければいけないし、ワープロの操作説明書では、電源スイッチのオンから始まる操作手順になるだろう。
無秩序に並べてはいけない。先に挙げた整理の手がかりを参考にすること。
記述の約束 @ 体言止め、A表現の統一、B 句点( 。)は不要
文学作品では紋切り型は恥ずべきものであるが、技術文書では紋切り型(定型文書)の特性をフルに活用することが必要である。
定型文書の利点
・書式が決まっているので、必要な情報を書き落とす心配がない
・書く人の恣意性がなくなり、内容が統一される
・定型パターンなので、内容が読む人にスムースに伝わる
仕事の文章ではほとんどのばあい定型化が要求される。仕事文=技術文書では定型化による情報の均一化と、同時に保管・更新上の管理も容易になるからである。
技術文書には説得力が要求される。提案書では顧客が、マニュアルでは使用者が、研究論文では読者が説得の相手である。新製品のマニュアルであれば、その製品の従来とは異なる新しいコンセプトをよく理解してもらいスムーズな利用環境にユーザを誘導しなければいけないだろう。プロポーザルであれば、顧客に旧システムの老朽化を理解してもらい新システムの導入を決断してもらわなければいけない。事業計画書であれば、何としても社長を説得して新規事業のゴーサインをもらうことになる。
説得とは十分なデータに基づいて自分の意志を伝え、相手を納得させることである。技術文書で説得力を増すためには、データを提示するにしても単に表にまとめるだけでなくより効果的な方法があるだろう。説得力を増すための工夫を考えてみよう。
データによる裏づけ
いわゆる奇抜な人目を引くための工夫をすることではない。あくまでも技術文書の趣旨が相手にきちんと伝わることが説得の第一目的である。このためには客観的データが説得力の基盤となる。データの提示方法を工夫し具体的に数字で説得することが技術文書では必要である。
データの提示方法としては、@権威ある第三者のデータで裏づける、A今までの実績データで訴える、B世の中の一般的傾向であることをデータで示す、C適切な「例え」を用いる――等々が考えられる。
説得の技術
『レポートの組み立て方』(木下是雄)によれば、説得の方法には3グループある。説得のテーマによって、あるいは説得の相手によって手法を選ばなければいけないが、最も注意すべきことは重点先行の趣旨である。