「失敗学」とは初耳。立花隆が名付け親とのことだ。失敗から新たな知識を学ぼうというのが趣旨。著者は大学院工学系の教授である。まず失敗とは「人間が関わっている」「望ましくない結果」である、と定義している。大学3年生の最初の授業では、技術の進歩に大きく貢献した失敗の例として、三大事故の話をするとのこと。(1)アメリカ
ワシントン州のタコマに新しく完成した吊り橋が自励振動によって崩壊した例(1942年)。(2)ジェット旅客機デハビランド・コメット機の金属疲労による墜落事故(1954年)。そして、(3)第二次大戦中のアメリカンのリバティー船の破壊事故。
タコマに完成した当時最新の吊り橋は、秒速19メートルの横風によってあっけなく崩壊した。横風による共振と自励振動が原因であった。橋が大きく振動し崩壊する様子は16ミリフィルムに撮影されていた。この貴重なデータの解析や風洞実験によって、当時はまだ未知のものだった自励振動のメカニズムが明らかにされた。秒速80メートルの風にも耐えられる明石海峡大橋にもタコマの教訓は生かされている。
失敗情報は伝わりにくく、時間が経つと減衰する。一度経験した失敗がごく短期間のうちに忘れられ、再び同じ失敗を繰り返すことは珍しくない。失敗を生かすためには、失敗が起きるにいたった原因や経過などを正しく分析した上で「知識化」して、誰もが使える知識として第三者に情報伝達することが重要なポイントである。
失敗を知識化するための出発点は「記述」。「事象」、「経過」、「原因」、「対処」、「総括」などの項目ごとに書き表すと、問題が整理されて失敗の中身もクリアになる。この記録のあとに「知識化」という作業を入れる。知識化とは、起こってしまった失敗を自分および他人が将来使える知識にまとめること。
「知識化」とは、「失敗(事故)の中から普遍的な知識を抽出する」ことと理解できる。
タコマの吊り橋の事故例で考えると、今後の対処だけであれば、「つり橋を設計するときは、突風に注意しよう」となってしまう。しかし、これを突き詰めて知識化すると、「風の強さが秒速Xメートルのときは、ロープの強度をいくつにしろとか……」という普遍的な"吊り橋の建設技術"に完結するのである。
◆ 『失敗学のすすめ』 畑村洋太郎著、講談社、2000/11
■ こんな新聞記事があります。 (日経産業新聞2000.6.7)
「失敗学」の研究開始 科学技術庁は技術開発に伴う事故や製品の欠陥などの失敗をデータベースにまとめ、体系的に分析する研究を始める。失敗の原因だけでなく、その背景を分析し、再発を防止するのが狙い。中曽根弘文科学技術庁長官の私的諮問機関「21世紀の科学技術に関する懇談会」がまとめた報告書に基づくもので、来年度から研究に着手する。
計画では事故や失敗、失敗寸前のニアミスの事例を収集し、「失敗学」として体系づける研究会を組織する。失敗に学んで事後に生かす手立てをまとめ、広く公開する。日本では失敗を隠したりもみ消したりする風潮があることを踏まえ、失敗体験を有効に生かした人を表彰する制度も作るという。
科技庁は高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故や東海村臨界事故、大型ロケットH2の打ち上げ失敗など、傘下の特殊法人や監督下の企業で重大事故が相次いだ。事故現場のビデオを隠すなど事後の対応のまずさも際立っており、同庁そのものの失敗事例がデータベースに収録されることになりそうだ。
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