■ 『中国のデジタルイノベーション』 大学で孵化する起業家たち  (2022.7.21)





日本での中国関連の報道は表面的な特異性の強調ばかりだ。その先にある活発な民間のダイナミズムを伝えていない。中国の民間経済は「国家の後押し」や「巨大な国内市場」の恩恵を受けずとも前進するたくましさを備えているのである。日本人の心の底に、日本企業の方が優れているとか、中国企業は大したことはないだろう、とのプライドや言い訳が潜んではいないだろうか?

本書では、中国のネット業界を中心とした「デジタル・イノベーション」の数々を紹介している。中国のGDP・雇用の中心は第三次産業である。国内経済の生産と需要の中心が食料からモノへ、モノからサービスへと移行していった結果である。なかでも、情報サービスとしてのIT産業は中国経済を前進させる重要な役割を果たしつつある。



中国で一気に普及したデジタル・イノベーションのなかにはQRコードを用いたものが多い。QRコードをスマホで読み取り、お金の決済や自転車の解錠を行うプロセスが、新たなビジネス・モデルといった価値を産み出した。「イノベーション」とはQRコードの技術そのものでない。シュンペーターやドラッカーが言うように、「新しい組み合わせによる新しい価値の創造」なのだ。インターネットの普及が物理的・経済的に創業のハードルを下げ、中国人の旺盛な創業・独立意欲をかき立てたことも間違いない。

創新・創業を支えるのは大学コミュニティだ。起業家たちが大学で孵化している。アイデアを実現するための作業スペースや、3Dプリンター等を備えた施設の提供もある。中国の大学生たちが卒業後半年以内に起業するのは、2015年以降は約3%。一方、「大学生の起業の失敗率は95%」だという。中国社会には起業・創業を尊重する文化が根付いている。挑戦の結果としての失敗に対する寛容さを持っている。このような見方を学生が認識するからこそ、失敗にめげず挑戦を続けるのだ。

大学と外部をつなげる組織としてサイエンスパークがある。精華大学サイエンスパークは1500以上の企業が軒を連ね、約3.6兆円の資産を運用している。金融面でのサポート、人材育成、経営コンサルティングなど。企業や個人が融合的につながるような環境を提供している。
中国の大学キャンパスは都市並みの規模である。一定のまとまった閉鎖的な空間でサービスの提供を試運転できるのも、中国の学生ベンチャーの強みである。たとえば、精華大学のキャンパスは7万人だ。

デジタル社会の基盤でもある半導体分野ではどうか。米国との関係再悪化から改めて国産化を進めなければならない状況にある。中国政府が半導体産業を含め特定の産業分野を育成する姿勢は、過去の日本を彷彿させる。米国を刺激し貿易摩擦の激化に至った経緯も共通する点が少なくない。米国の対中国貿易への懸念は、ハイテク産業を中心として中国企業と共産党政府とが切っても切れない関係だという点なのだ。

日本はどうするか?クルーグマン教授は、日本の生産年齢人口の急激な減少をさして、「恐ろしいほど残念な人口動態」が「長期停滞の主要な要因となっている」という。まずは労働投入の量を食い止めるために女性や高齢者の働ける環境を整備すること。労働力の質を高めるために、スキル向上や業務効率化への後押しを行うことだ。デジタル庁のリーダーシップによるDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進は重要である。

日本では企業における技術革新能力は高い。大企業に多くの人的資本が集中していることもある。起業への経済的な環境は整ってはいても、個人の消極的意識が社会全体に慎重な空気を醸しているのだ。近年、大学の理科系専攻でも経営に関する教育が行われている。熱意を持って挑戦し、失敗したとしてもそれを寛容し再起を促す精神が日本社会に根付くことが強く求められる。


◆ 『中国のデジタルイノベーション――大学で孵化する起業家たち』 小池政就、岩波新書、2022/6

    HOME      読書ノートIndex     ≪≪ 前の読書ノートへ    次の読書ノートへ ≫≫