■ 『歴史人口学で見た日本』 歴史学とは (2022.7.29)






「歴史人口学」って何だろう。こんな疑問を解くまでもなく、何よりも本書を手にとったのは、腰巻きに書かれていた磯田道史さんの推薦文だ。こうあった「速水先生と出会わなかったら、私の学者人生はなかった」

著者・速水融(さみずあきら)さんは、1929年の生まれ。生涯は常に学問と共にあったのだろう。宮本常一の漁村調査にも同行している。新型コロナウィルスが発生する直前の2019年12月4日、90歳で亡くなった。晩年の著書、『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ――人類とウィルスの第一次世界大戦』は、その後の事態を予言するかのようである。当時の新型インフルエンザ「スペイン風邪」の日本国内での被害を明らかにし、致死率が低くとも感染力が強い新型感染症の流行は医療問題に留まらない、必ず政治的経済的な大問題になる、と警鐘を鳴らしていた。

速水さんは欧州留学で「歴史人口学」と出会う。指導教授が最近ヨーロッパで非常に注目されている本があるといって、フランス人のルイ・アンリの書いた歴史人口学に関する本を紹介してくれた。『歴史人口学』は日本ではまったく未知の分野だったが、読んでみると大変な研究であることに気づかされた。

歴史人口学とは、近代国勢調査以前の不完全なデータを基礎にしながら、人口学の手法を用いてそれを分析する学問である。いずれの方法であれ、過去の人口についてできるだけ明らかにすることが目的。歴史人口学は、多くの研究分野と接している。経済学、疫病学、公衆衛生学、法制、地方行政など。もちろん統計学は必須である。

ルイ・アンリのやった仕事は「教区簿冊(きょうくぼさつ)」の分析である。教区簿冊というのはキリスト教の教会に備え付けられている記録簿で牧師が作成する。生まれた子どもに洗礼を授けたこと、結婚に立ち会ったこと、死者の葬儀をして教会の墓地に埋葬したこと、この3つが個別に日記風に記録されている。

この教区簿冊の存在は知られていたのだが、ルイ・アンリが初めて人口学の史料にしたのだ。この研究を「歴史人口学」として確立した。個々人を結婚してから死ぬまでずっと追いかけていくことが可能である。この記録を何十、何百、何千と集めていくと当時の人々が、平均いくつで結婚したか、何人子どもをこしらえたか、子どもはどれくらい成長したか、子どものうちにどれくらい死んでしまったか、平均してどれくらい生きたか、などということがわかる。

歴史人口学という大きな収穫を得て日本へ帰ってきた。ルイ・アレンの著作から、日本の史料に彼の方法を適用すれば大変な成果になると気がついた。日本に、いい史料――「宗門改帳(しゅうもんあらためちょう)」があることはわかっていた。慶応大学の助手時代に「宗門改帳」の整理を教授から依頼されたからだ。

宗門改帳という宝庫を前にして、新しい史料の整理法を開発した。それまで1枚のシートに1家族を1年単位で記していたものを、大きなB4判のシート1枚に、1世帯の25年間の出来事を記していくようにした。そこに史料に記録されている個人個人の名前を書いて、その行に毎年の年齢を入れ、生まれたり、死んだり、よそへ行ったり、結婚したり、といった変化をを全部書き込んでいく、つまり、そのシート1枚を見ればそこに出てくる人がどういう行動を取ったかということがわかるのだ。

日本の宗門改帳の特色は、世帯が単位となって作成されているため、どういう世帯がどういう人たちから成っていたか等々 ―― 人口や家族・世帯の状態がわかることである。他方、ヨーロッパの教区簿冊では、洗礼(出生)、結婚、埋葬(死亡)というイベントについてはわかる。ところが、ある村とかある教区の人口が何人か、そのうち男が何人で女が何人かといった人口の状態はわからない。

日本で最も古い宗門改帳は寛永15(1638)年のもの。翌16年には鎖国令が出て、海外渡航禁止、帰国禁止、宣教師の全員追放、キリスト教厳禁などの鎖国政策が完成した。宗門改めの制度は徹底的に行われ明治維新後にも続き明治4年にやっと終わった。


◆ 『歴史人口学で見た日本 増補版』 速水融、文春新書、2022/5

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