■ 『がん 生と死の謎に挑む』 がんとどう闘うのか (2013.8.30)
がんは遺伝子の病気である。ヒトの進化の長い歴史が生んだ病気。我々が、60兆もの細胞を持つ、まさに進化の極致にいる多細胞生物だからこそ、ヒトはがんにかかるのだ。がんは、生命の最も基本的なメカニズムそのものを利用している。だから実にしぶとい。
参考:『裏切り者の細胞 がんの正体』 (2003.2.28) → こちら
がんは、いまだに完全治療が期待できない病気である。がんとどう闘うのか。がんとの折り合いのつけ方を、現代人は覚悟しておく必要があるだろう。「あくまで闘う」のではなくて、「がんと共生する」という考えがある。がん治療の目的を、がん細胞絶滅ではなく、がん細胞が増えも減りもしない「安定」状態に置くことをもってよしとする、という考え方だ。
立花隆は、がんとの闘いを「僕はがんばらない」と言う。治療の選択を迫られたときには、多少の延命よりはQOL(クオリティ・オブ・ライフ)の維持のほうを望むだろうと。抗がん剤には強い副作用がある。抗がん剤のメリット(延命効果)とデメリット(QOLの低下)をはかりにかけると、かなり疑問がある。すこしでも長く知的生産活動をしたい。ぜひとも必要なQOLは、意識をクリアな状態に保ったままの生を維持することである。
がんは遺伝子の病気、DNAの狂いによってもたらされる病気だ。通常、細胞増殖は遺伝子の指令によって規則正しく行われる。細胞増殖そのものは、生きている限り必要なことで、正常な生理過程である。ある限度以上に細胞が増殖すると、細胞は自ら死を選ぶ(アポトーシス)ようにプログラムされているので、細胞が無限増殖することはない。
がんは、細胞増殖をコントロールする遺伝子に狂いが生じて、正常なサイクルを踏み外してしまう病気。正常な遺伝子の働きはすべてDNAにプログラムされており、プログラム通り働くはずなのに、プログラムそのものが狂いだしてしまう。正常細胞が狂いだして、無限の増殖能を持つがん細胞になってしまう。がん細胞は死なないで、ただ増えつづける。集積してこぶのような細胞のかたまりになる。腫瘍だ。腫瘍がとめどなく増えると――悪性腫瘍すなわちがんと呼ばれる。
すべての人は60兆個の細胞からできている。一つ一つの細胞がその人特有の細胞の設計図であるDNAを持っている。どの細胞が、どのような時期に、身体のどこで、どのようなシチュエーションで、どのような働きをなすべきかが、すべてそこに書きこまれている。すべての細胞は、きわめて短期間に生死を繰り返して、新陳代謝しながらDNAのコピーを続け、個体としての同一性を保持し続ける。
コピーをつづけていくと、必ずコピーミスが生まれる。ヒトの遺伝システムには、DNAのコピーミスが起きたときにそれを修正する仕組みが組み込まれている。その能力限界をこえるミスが発生すると、ミスが蓄積される。蓄積が一定量をこえると、遺伝暗号そのものが書き換わってしまう。つまり遺伝暗号がちょっと変異してしまう。変異量が一定限度をこえると、遺伝子のメッセージが変化してしまう。遺伝子はタンパク質を作るメッセージだから、異質のタンパク質を作ってしまうい細胞機能に変化が起こる。これが、がん化の基本プロセスだ。
そのような変異をもたらす要因のすべてが、がん化をもたらす。放射能、宇宙線など物理的要因もあれば、化学的な、あるいは生化学的なさまざまの突然変異誘発物質などもある。がんが高齢者に多いのは、がんのもとである「遺伝子への変異の蓄積」が高齢者になればなるほど進むからである。
手術して取ったはずのがんが何年か経ってから再発することがある。微小転移したがんが時間の経過とともに、大きく育って、検出限界以上になってしまったのだ。手術の過程において、細胞数個のレベルから数百個のレベルのごく少数のがん細胞がどうしても残ってしまうからだ。
国際がんゲノム計画がスタートしている。世界のがん研究者が協力しあって、ありとあらゆるがんのゲノムを読んでしまおうという巨大プロジェクト。がんは遺伝子の狂いがもたらす病気なのだから、がんの研究を正攻法でとことん追いつめるためにまず必要なことは、がんの遺伝子を全部読んでしまうことではないかという発想にもとづいている。
がん患者のがん細胞を取り出して、そのゲノムを全部解読してしまう。次にがん患者のノーマル細胞を取り出して、そのゲノムも全部読む。両者を比較すれば、DNAのどこがどう狂ってがん化がはじまったのかがわかるはず。遺伝子上の変異の蓄積が、がん化の引き金を引いたとするなら、具体的にどのような変異の蓄積だったのかが、がん細胞とノーマル細胞のゲノムを比較してちがいを丹念に解析していけば、見えるはずというわけだ。
解析するデータの量は全人類が十年かけて解読したヒトゲノム計画の2万5千倍以上。プロジェクトでは、ここでわかったことを元に一つ一つの薬を開発しようとしている。
抗がん剤で完治が望めるがんは、きわめてかぎられたもの。抗がん剤では、副作用が特に深刻である。抗がん剤は細胞分裂が活発ながん細胞に働きかけてその細胞分裂を止めようとする。すると、もともと細胞分裂が活発なところにも働きかけ、そこの細胞分裂を止めようとする。抗がん剤の副作用の第一が頭がハゲることになるのは、そのため。延命効果がはっきり出ているケースはさほどない。免疫力が低下し様々な病気にかかりやすくなる。がんでは死ななかったが、他の病気で死ぬという皮肉な結果に終わる可能性すらある。
緩和ケアは進歩している。日本では、鎮痛剤のモルヒネに対し、あまりにも、「モルヒネは麻薬。麻薬は悪」の固定観念が広がりすぎている。鎮痛用のモルヒネは麻薬としてのモルヒネのような中毒をもたらす要素は全くない。耐えられないような痛みがくるような状況になったら、鎮痛用モルヒネを使うのが世界の常識である。
◆ 『がん 生と死の謎に挑む』 立花隆、文春文庫、2013/8
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