■ 『響きの科学』 短調はなぜ悲しく響くのか?   (2025-1-7)






モーツァルトの交響曲第40番は「悲しみの音楽」と言われる。ト短調である。なぜ短調は悲しげに聞こえるのだろうか。本書によれば、長調や短調といったそれぞれの調には、独自の気分があるという神話に取りつかれていにすぎないと断言する。それにしても、長調や短調にはなにか特別な「香り」の違いを感じるのだが、理由を知りたいものだ。




音の響きは鼓膜が感じる。音楽の音は変化する空気圧からなる規則正しいパターンである。それが鼓膜をへこませたり膨らませたりしている。生物にとって聴覚系の役割は自分の命を守ること。何かの音に出会ったとき、脳と耳は、それが危険を知らせる音色かどうかを判断する。小動物の立てた音か、それともトラの足音か。音楽の場合は、音色よりも、周波数(ピッチ)のほうが大切になる。基本周波数が同一であれば、音色に違いがあっても、2つの音が似通っていると判断するのだ。

音楽の黎明期では、オクターブのなかの音を5個しか使っていなかった。すべての音階の母は、オクターブ内に5個の音しか使わない音階――五音音階(ペンタ・トニック・スケール)である。日本や中国では今でも五音音階が使われている。その代表曲は「蛍の光」ですね。五音音階は単純な数学的関係にあり、半音が含まれていないので心地よいハーモニーをもたらす。

よく使われる12種類の長調では1オクターブ内に7個の異なる音がある。ヨーロッパでは最終的に7個までしか使わない音階に落ち着いたのだ。
音にはそれぞれ名前がついている。
たとえば C D E F    G A B …ハ長調
             ド レ ミ フアソ ラ シ
こうした7個の、それぞれの音の集まりが長調とか短調である。

望ましい音階とは、オクターブを12段階に分割し、そのすべての音の周波数が、11/4や11/2といった単純な分数で他のすべての音と関係しているようなものである。この考え方が「純正律」方式だ。心地よいハーモニーが実現する。
ただ、純正律には大きな問題がある。フルートやピアノなどの固定した音の周波数をもつ楽器が、演奏に加わると純正律を放棄せざるを得なくなることだ。周波数(ピッチ)を変更できる楽器演奏者が、音を調節して両者の音の調子を合わせる必要が生まれる。ハーモニーが乱れるかもしれない。

この課題を解決したのが「等分平均律」である。ハーモニーの純粋さでは妥協するが、音が固定されていても問題のないような音階である。1600年代初頭に数学者がたどりついたそうだ。

等分平均律のオクターブには12個の音があるが、一時に使うのは、7個のもっとも重要な音の集まりだけである。5つの明確なルールを設けている。
@ある音より1オクターブ高い音の周波数は低い音の2倍
Aオクターブは12段階に分割されなければならない
B12段階のそれぞれの間隔がすべて等しくなければならない
弦の長さは、隣の弦の長さから一定のパーセント分だけ短くする。
このパーセントだけ徐々に短くしていけばよい。
⇒実際の値は、5.6125パーセントである。

等分平均律の問題は、純正律のような最上のハーモニーには及ばないこと。これは、音の相互間が単純な分数比にならないことによる。一方で、大きな利点を獲得した。オクターブに12ある半音の音程から、長音階と短音階を考案し、一時におよそ7個だけを使う。このため、音楽が記憶しやすくなったこと、転調が容易にできるなどの効果が生まれた。

長音階の骨組みは五音音階であるが、構成する7個の音の集まりは元になる12個の音のなかでも最も緊密な関係にあるものだ。そのためメロディとしても和音やハーモニーとしても力強い響きがする。少し控えめな音楽には短調を使う。短音階とは長音階の2,3個の音をもとの12個の集まりのなかの関係のあまり強くないものに替えたものだ。長調よりも、あいまいで明確な区切りのない響きと感じられる。

結局、音の響きが感情に訴えかけてくるのは変化のプロセスである。長調は楽しく、短調は悲しい、という絶対的なルールは存在しない。気分を転換するのは調から調への動きであり、調そのものに独自の気分があるのではない。転調とは、現在の調からひとつだけ音の違う調へ変わること。ハ長調からト長調へは、FがF♯に変わっただけ。音のピッチが上がると気分が高揚する。だからハ長調からヘ長調へは、音楽の感情の強さのギアが一段階下がったような印象を受ける。


◆ 『響きの科学 名曲の秘密から絶対音感まで』 ジョン・パウエル著・小野木明恵訳、早川書房、2016/8

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