■ 『海図の世界史』 「海上の道」が歴史を変えた (2024-9-29)







プトレマイオスは2世紀前半に活躍したギリシアの天文学者・地理学者である。
地球が宇宙の中心にあり、太陽や惑星が地球の周りを回っているとする天動説を説いた。

プトレマイオスの世界図は、地中海とエリュトラー海(インド洋・南シナ海)という2つの大海を中心に描かれている。
海岸線は実際の形状に近いかたちだ。コロンブスもマゼランも、この世界図を情報源にして勘違いの航海をしたのだった。


大航海時代(1420〜1620年代)は海図と航海が世界を大規模な変革に導いた。新航海術の間切り―逆風でも風を捉えてジグザグに風上に進める技術―がイスラームから伝えられた。
中国からは羅針盤が伝来し、陸地の景観に頼る沿岸航海に代わり、沖合航法が開発された。

航路開発の先陣はポルトガルだった。アフリカ西岸へ進出し交易を拡大した。ポルトガルのエンリケ航海王子(1394〜1460)は組織的にアフリカ西岸の海図を作成させた。
航海士総監を置いて海図(航路情報)を厳重な管理体制下におき漏出を防いだ。ポルトガルは、ガマ(生年)の拓いたインド航路によって、胡椒貿易の利ざやで大きな富を得る。
16世紀初頭、ポルトガルはインドのゴア、東南アジアのマラッカを相次いで征服して拠点とし「海の帝国」をつくりあげた。

コロンブス(1446-1506)は、プトレマイオスの世界図の枠組みで、ジパング島発見という幻想を抱いていたが、1492年の航海によって新世界への道を拓いた。
一方、マゼラン(1480-1521)は太平洋の輪郭を明らかにしたのだ。マゼランの航海(世界一周ともいえる)はモルッカ諸島を目指す香料貿易の商業ルート開発だった。
南アメリカの南端を経由すれば短期間でモルッカ諸島に行けるものと踏んでいたが、結果は3カ年を要し、マゼラン自身も死んでしまった予想を遥かに超えた困難な航海だった。

膨大な量の交易商品を積載してスペインを出発した(1519年9月)。リオ・デ・ジャネイロ付近までは無事な航海。その後は困難の連続となった。乗組員の反乱も起きるがマゼランは素早く鎮圧する。
1520年10月には、ようやくマゼラン海峡に入る。暗礁が散在する難所だが、奇跡的にもわずか38日間で通過する。食糧を積んだ僚船が脱走する難事もあった。
偏西風の領域を抜けると一転して海は穏やかに。だが、ぬか喜びだった。茫洋とした大洋の航海が続く。3カ月にわたる地獄の航海だった。水も食糧も腐り、帆材の革まで口にせざるを得なかった。
最も貴重な食材はネズミだった。生鮮食料の欠乏による壊血病で乗組員の3分の1以上が動けなくなってしまった。グアム島での武装兵による食糧の強奪など。
ようやくフィリピン群島に到達する。しかし、武装兵力を率いてセブ島に上陸した際に、マゼランは迎え撃たれて命を落とす。

モルッカ諸島に到達したマゼラン亡き船団が、喜望峰・ヴェルデ岬を経て、壊血病と栄養失調で息たえだえの乗組員をのせ、サンルーカル港を経てセビーリャに帰着したのは、
1522年9月だった。出発時280人の乗組員は3年間の航海で18人に激減していた。

17世紀はオランダの世紀だった。活発な海運と中継貿易を背景にアムステルダムには、ヨーロッパ各地の物産が集まった。
オランダが所有する船舶数は、イギリス、スペイン、ポルトガル、ドイツ諸邦を合わせた数を上回るといわれた。

オランダ人の冒険的な太平洋横断航海は日本歴史とも結びついた。オランダは、アジアへの航路を開発するため、船団を派遣(1598年)。
ロッテルダムを5隻の僚船とともに出港したエラスムス号(リーフデ号と呼ばれる)は、マゼラン海峡を通過した後、悪天候により他船と分断され、九州の豊後に漂着。
生存者のオランダ人、ヤン・ヨーステンやイギリス人のウィリアム・アダムスは、徳川家康に外交顧問として取り立てられ、朱印貿易への助言などを行う。

アジアへのルートが拓かれると、オランダ諸都市の商人がアジアに向けて続々と船を出す結果に。過当競争をさけるために有力商人が共同出資してアムステルダムに会社を設立した。
世界初の株式会社となる東インド会社(VOC)だ。喜望峰からマゼラン海峡にいたる広大な地域での貿易、植民、軍事の独占権をオランダ連邦議会から保障されていた。
東インド会社の躍進は優れた海図が基盤になっていた。

産業革命の時代になると圧倒的経済力を持ったイギリスは、自由貿易政策を掲げて大西洋のみならず、インド洋・南シナ海・東シナ海など世界の海に進出する。
イギリスでは、民間会社の手を離れて、海軍を中心に測量に基づく、体系的な海図作りが進められた。1778年には系統的な測量に基づく、
海図を大規模に集めた「大西洋の海神」がイギリス海軍の手で刊行された。


◆『海図の世界史――「海上の道」が歴史を変えた』 宮崎正勝、新潮選書、2012/9

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