■ 『パパは脳研究者』 子どもを育てる脳科学 (2018.5.30)







著者はいわずと知れた高名な脳科学者である。初めてのわが子の誕生から、日ごとにぐんぐん成長する姿を、脳科学者の視点から愛情溢れる筆致で記録している。
さすがに科学者だけに、視線が鋭い。子どもの成長の1ステップごとに、脳のひとつ一つの機能がインストールされていく様子がわかる。自分の子どもはもうすっかり成人していて、育児経験は忘却のかなた。可能ならば、もう一度、時をさかのぼって成長の時代を確かめたいものである。



赤ちゃんは生まれた瞬間から猛烈に発育し一気に世界を駆け出す。子どもは個性的で一人ひとりが異なる。教科書通りの成長を見せたり、想像とは違った成長を見せたり、、毎日が驚きと感心の連続だったという。

脳の神経細胞の数は、おぎゃーと誕生した瞬間が一番多くて、あとは減っていくだけである。3歳になるまでに約70%の神経細胞が排除される。生き残る神経細胞は30%。つまり3歳までに残った神経細胞を一生使うのだ。赤ちゃんはどんな世界に生まれてくるかわからない。生まれた環境に順応していくためにどの神経細胞が必要かはわからない。だから、無用なほど過剰な神経細胞を持って生まれてくる。3歳ころまでに神経細胞の基礎を作り、必要ないものを捨ててしまうのだろう。「三つ子の魂百まで」ということわざが思い出される。

3カ月目には、この世界は3次元だ、ということに気づきはじめた。脳に届く情報はすべて2次元の視覚情報。元の3次元世界を2次元情報から読み解き、脳内で復元する作業ができつつあるのだ。手を動かして自分から見える位置に持ってくるとか。これは「視覚と触覚の情報が統合できるようになったから、その情報に基づいて脳が身体運動を指令して、見たものに触れることができる」ということだ。異なる感覚器からの情報を連合することは、脳にとって難しい仕事。主に前頭葉が担っている。

記憶はいつからはじまるのだろうか。わずか4カ月の赤ちゃんでも、経験したことが記憶となって脳回路に刻まれるようだ。生まれる前の記憶さえ残っている。妊娠29週目の胎児にお母さんのお腹の外から週に5回同じ曲――例えば「きらきらぼし」のメロディ――を聞かせたところ、生まれた直後はもちろん、生後4カ月になっても曲を覚えていたという。においの記憶も同様で。新生児はお母さんの胸部のにおいを、お母さん以外の人と区別することができる。

9カ月になって人間への第一歩を踏み出したようだ。親指と人差し指を使ってボーロをつまむことができるようになった。この動作は、精密把握という。握ることはサルなどの動物もできる。つまむという動作はヒトにしかできない。ヒトの手は親指がほかの指と離れていて、親指の腹がほかの4本と反対を向いている。これによって親指の動きに自由度が生まれる。ヒトはつまめる。精密把握ができるようになったから、ヒトは器用に道具を作ることができるようになった。

ヒトには歩きたい欲求が生まれながらにあるようだ。わが子も生後11カ月には、ついに歩いた。ヒトの2足歩行は移動のエネルギーからみると、4足歩行よりも効率的である。重力を利用して脚を振り子のように使ってぽんぽんと前進することができる。ヒトは走る速度ではチーターやシマウマには勝てない。ヒトの優れたところは持久力に秀で疲れにくいこと。2本足で遠くまで歩けることである。現生人類は25万年前にアフリカで誕生して以降、約10万年前にアフリカを出てヨーロッパやアジアへと渡る。徒歩だけで地球全体に行き渡った。

スプーンを使いはじめ道具への欲求が生まれてくる。手の届かないところにあるおもちゃを棒のようなものでつんつんと触ったりする。道具に手の代わりをさせている。脳の観点から見ると、道具を使うことができるか否かは、脳の頭頂葉付近にある神経繊維がつながっているかが関与している。サルはヒトのようには神経繊維が連結していないのでほとんど道具を使わない。

脳が成長するためには入力よりも出力が重要である。自分でしゃべったり書いたりする出力を大切にすること。覚えたことを思い出すとか、模擬テストを解くといったこと。知識はきちんと脳にたたき込まれていても、必要なときにそれが出てこなかったら外部からは覚えていないのと同じ。思い出すという出力訓練が重要である。


◆『パパは脳研究者 子どもを育てる脳科学』池谷祐二、クレヨンハウス、2017/8
   <池谷祐二の他の著書>  ◆『脳ははなにかと言い訳する』
                                         ◆『海馬 脳は疲れない』
                                         ◆『進化しすぎた脳』
                                         ◆『記憶力を強くする』

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