■ 『プルーストとイカ』 日本語は脳を鍛える (2009.12.12)
サラリーマンの朝の様子は、TVのNHKニュースを見ながらパジャマをYシャツに着替えて出勤する……と、こんな文章になるだろうか。無い知恵を絞ったのだが、何げない日本語に、漢字、平仮名、カタカナ、アルファベット、さらにはこれらが組み合わされた――Yシャツとか、のことばもある。こんなにいろいろな文字を読み取るのだから、どう考えたって、アルファベットだけの英語なんかより脳に負担がかりそうだなとは感じる。
人間の知能の発達に、読む行為ほど深く関わっているものはないと著者はいう。脳が文字を読むために構築する新しい回路(ニューロンのつながり)が、新しい革新的な考え方を可能にする基盤になると。
この珍妙なタイトルが気になるのだが、プルーストは別にして、イカとは、その長い中枢軸索のゆえに、かつてニューロンの情報伝達メカニズムを解明する絶好の研究対象となったことに由来するらしい。
脳が文字を読むことに深く関わり、さらに読字が脳の認知能力の発達に寄与するというダイナミクスの関係が成立する。読書こそ知力の源泉である。私たちの考え方や考えることの大半は、私たちが読んだものから生まれた見識や連想に基づいている。作家ジョセフ・エプスタインは「私たちを作り上げているのは、私たちが読んだものなのだ」と言っている。
人間が文字を読む能力を獲得したのは、たかだか数千年前である。生まれながらにして文字を読めたわけではない。人間の脳が、新しい知的機能を獲得するために自らを再編成する能力、を備えているからこそ読めるようになったのだ。
文字らしきものを見て、脳がそこになんらかの意味を認めると、たちまち複数の領域がつながり活発な認知活動を行うようになる。既存の視覚、言語・概念処理などの脳領域を利用しつつ、それらをつなぐ新たな回路を設ける。すなわち一群のニューロンのあいだに新しいつながりが生まれる。これが読むことの基本メカニズムだ。
日本語の読み手の脳は、複雑な読字回路を備えているそうだ。日本語を読むには、2種類の音節文字、つまり片仮名・平仮名と漢字、との間を行き来しながら読み進む能力が必要である。一人一人の脳が、まったく異なる2種類の書記体系(漢字と仮名)を習得しなければならないのだから。日本語の読み手は、漢字を読む時は、中国語の読み手と同じ脳の回路を使う。一方、仮名文字を読む時は、アルファベットの読み手に近い回路を使うそうだ。
2つの書記体系の読み手は、ほかのどんな言語を読む人よりも、左半球の特定領域(37野というらしい)を多用する。情報処理に多大な努力を要するほど脳は強く広い範囲にわたって活性化されるわけだ。漢字仮名交じりの日本語を読むほど、頭が良くなるということらしい。
◆『プルーストとイカ 読書は脳をどのように変えるのか?』 メアリアン・ウルフ著/小松淳子訳、インターシフト、2008/10
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