■ 『生命にとって金属とはなにか』 誕生と進化のカギをにぎる (2025-4-14)
このところ、健康診断で「貧血」と指摘されることが続いている。貧血症は鉄やヘモグロビンの不足だという。鉄に加えて銅や亜鉛あるいはコバルトも関係しヘモグロビンの合成や輸送に複合的に働いているそうだ。著者は、生命にとって金属とはなにかを問い直したという。金属なくして、生命の誕生も進化もありえなかったと。
今から130億年前に宇宙は突然爆発(ビッグバン)を起こし、超高温・超高密度の環境で元素が出現した。水素から核反応を経てヘリウムや炭素などが生まれる。現在の宇宙で飛び抜けて多量に存在する金属は鉄である。鉄は安定な原子であり原子核が最も強く結合している。鉄より重い原子は、超新星爆発による超高温・超高圧によって作られる。
ガガーリンは「地球は青かった」と言ったそうです。地球の表面の約70%は海水で覆われているので、外から地球は青く見えますね。生物は、これらの海水とか、岩石や鉱物などから作られたのだろう。地球上で多量に存在するのは鉄である。次いで、酸素、ケイ素、マグネシウム、硫黄、ニッケル、カルシウム、アルミニウムなど。ほとんどがイオンとして存在する。生物の誕生は、これらのイオンが相互に反応した結果ではないか。
生命は、およそ40億年前に地球上に誕生した。現在、研究者の多くは、深海で発見された熱水噴出孔(ブラック・スモーカー)こそが、生命誕生の地だと考えている。水深2200メートルの深海の噴出孔では、200〜300度の熱水からメタン、水素ガス、硫化水素、アンモニアなどの分子などと共に、鉄、マンガン、銅、亜鉛などの金属イオンが噴出している。海洋には多量の鉄イオンが溶け込んでいた。生命誕生の最初期には鉄が用いられたのであろう。金属タンパク質が作られて触媒の役割を果たす。海中で誕生した生命は長い年月をかけてゆっくりと進化していった。まだ細胞外殻はない。
およそ30億年前には、新しい微生物が出現し地球の環境を一変させる。この光合成生物・シアノバクテリアは大繁殖し、光合成によって大気中の二酸化炭素を取り込み、酸素を溶かした海洋を誕生させる。酸素分子はやがて海水を飽和させて大気中に放出される。
酸素濃度がほぼ現在の値になったのはおよそ5億年前だろう。全球凍結が起こっていた。シアノバクテリアは全球凍結の厳しい環境をなんとか生き延びて爆発的に再増殖したようだ。最初の全球凍結後に真核生物が、2度目の全球凍結に多細胞生物が現れた。後者は複雑な体構造をもつ生物の登場を可能にしたのだ。
地質学では、5億4100万年前から4億8800万年前までをカンブリア紀という。この時期には、「カンブリア大爆発」と言われる、生物の進化史上最大の事件があった。脊椎や神経、眼などの高度な生体組織を備えたさまざまな動物種が出現した。ナマコのような大きな触手をもつアノマロカリスとか、5つの眼をもつオバピニアなど。現在までに知られている動物種のほとんどが、このカンブリア大爆発の頃に登場したといわれる。
この大爆発には、5億4000万年前のゴンドワナ大陸の誕生が関わっているようだ。大陸変動によって大量の土や岩石が海洋に流れ込んだ。それだけでなく、大雨が長期に降り続き、陸の鉱物成分が溶け出して海洋に流れ込む。無機イオン類としては、鉄、銅、コバルト、亜鉛、ニッケル、カルシウム、マグネシウム、カリウム、リン、ケイ素など。これら金属イオンや無機元素を含む複合体イオンが、真核生物や多細胞生物に利用されたのであろう。その結果、生物群が新しい生体機能を獲得し、急激な進化をとげ、カンブリア大爆発へと発展した。
生物が陸上へと進出した要因の一つは、大気の変化である。主役はオゾンだ。大気中に酸素が増えると太陽の紫外線と反応してオゾンが作られる。このオゾンは大気中の高度約10〜50キロメートル成層圏にあつまり、オゾン層が形成される。オゾンは太陽の紫外線を吸収して分解するので、大気中ではオゾンの生成と分解は平衡状態にあったのだが、オゾン層の形成によって、太陽の強い紫外線が成層圏で吸収されて地表に届かなくなる。その結果、紫外線による細胞傷害などから逃れられ、地上が棲みやすい環境となったのだ。
最初に上陸したのは、クロロフィルムなど葉緑素をもっている緑藻類だ。可視光線があふれ、植物の進化が進んでシダ類が大繁殖した。続いて、硬い甲羅をもった節足動物などの無脊椎動物が上陸・繁殖し、植物を食べて急速に進化していった。3億6000万年前頃から両生類を中心に脊椎動物が上陸し大繁殖をはじめる。
体表から酸素分子を直接取り込める無脊椎動物の一部は巨大化する。2億5000万年前には、爬虫類から進化した恐竜が出現し1億年前には全盛期を迎えた。その後、6500万年前にユカタン半島に落下した巨大隕石によって恐竜をはじめとする多くの生物種が絶滅する。惨禍を生き延びた哺乳類がその後に繁栄し、やがて霊長類まで大進化をとげる。700万年前にはヒト属が現れる。20万年前にホモ・サピエンスが出現し世界各地に拡散していったのだ。
◆ 『生命にとって金属とはなにか 誕生と進化のカギをにぎる「微量元素」の正体』 桜井弘、講談社ブルーバックス、2025/2月
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