■ 『食の人類史』 生業は農耕、狩猟・採取、遊牧。化石燃料に支えられている  (206.5.10)




歴史的なスケールで、われわれの現在の食生活を俯瞰したとき、それはどのように形成されたのか。食の営みは多様である。本書は、ユーラシア全土で繰り広げられてきた、さまざまな「生業(なりわい)」――農耕だけでなく、狩猟・採取や遊牧を含めた食にかかわるもの――の変遷と集団間の相互関係をたどったものだ。

おわりに、著者は地球レベルでの警告を発している。農業技術とは、ものの循環を早めただけである。こうした農業生産の増加は、結局は電気に支えられている。だから、電気が化石燃料に支えられていることを考えれば、現代の高い農業生産を今のままのスタイルで持続することはできないだろう。地球システムが何千万年、何億年というスパンで作り上げたものを、現代人は数百年というスパンで使い切ろうとしていると。




農耕を支える基盤は、作物や家畜など「人が作った動植物」である。そこでは、選抜が世代を越えて繰り返し行われ品質が改良されている。イネの穂を選ぶことで、種子の落ちにくいものが集落のそばに集まるとか。去勢や特定のオスだけを生殖に関与させる技術とか。よい性質を持つ子は残し、他は間引いたり生殖年齢に達する前に食べてしまうなど。

トウモロコシ、ジャガイモ、カボチャ、サツマイモなどの穀類は、大航海時代の始まりとともに、新大陸から旧大陸に伝わった。旧大陸からはコムギ、イネなどが新大陸に伝わり、農業と食の文化を世界的に変化させた。北部欧州はジャガイモの渡来によって本格的な農耕地域になった。

稲作が、日本列島に入り込んだのは2000年ほど前。水田稲作のかたちで稲作が渡来したのだろう。そこでは社会インフラの整備が必要である。水の潤沢ではない土地には、水を貯えておくための畝や灌漑水路、ため池などの水源の整備とか。

ユーラシア大陸の中央部は極度の乾燥地域であり植生は発達しない。ここの食料生産システムは、畑のムギ類、マメ類やジャガイモ、それらとヒツジなどの家畜の牧畜が組み合わされている。遊牧がひとつの生業としてなりたつためには、技術開発が必要であり、そのひとつがミルクの利用である。搾乳という手法が発明されたことにより、動物の個体を犠牲にすることなくミルクを手に入れることができるようになった。

遊牧成立のもうひとつの要件は去勢である。繁殖用のオスをうまく選抜することによって集団全体の遺伝的な性質をコントロールできるようになった。一部を繁殖用として残し、他のオスは去勢して肉用にすることなど。出産時期のコントロールは搾乳時期のコントロールにつながる。3つの技術――搾乳、去勢、家畜としてのイヌやウマの発明が、遊牧という生業を成り立たせたのだ。

コムギの野生型から栽培型への進化は長い歴史をもっている。1万年少し前には、野生型が圧倒的である。7000年くらい前になって、ようやく栽培型が半分を超える割合となった。トルコ、シリア北部などでは、じつに3000年近い時間をかけて変化が進行した。栽培コムギを受け入れるのにこれだけの長い時間を要したのだ。コムギは、フランスやイベリア半島、東欧からさらにロシアにかけての広大な土地に展開していった。

ムギの大きな特徴は粉食にある。種子の外側の硬いふすまを、まず粉にして吹き飛ばすようにしたからだ。人類は、加熱という技法を覚えることによって、デンプンを効率よく栄養にすることができた。メソポタミアの文明では灌漑農業が進んでいて、コムギやオオムギなどが栽培されていた。紀元前4000年前頃には、「ムギとミルク、肉」というパッケージがすでに出来上がっていた。

パンは欧州の主食となっている。地中海沿いの地域ではパンコムギ以外にパスタ用のコムギ、マカロニコムギが盛んに作られる。ロシアを中心にした欧州の東北部ではコムギに代わってライムギやライコムギが栽培される。ライコムギパンの原料になる。17〜18世紀以降、北フランスから北の北部欧州では、パンコムギとともにジャガイモが大きなウェイトを占めるようになった。

農耕文化と遊牧文化は、世界中で対立してきた。土地の所有や使用をめぐるものである。農耕技術が進むと、灌漑施設を作ったり肥料を施したりと、土地に対する資本投下が行われる。農業の拡大は必然的に定住化を推し進めることになる。一方、遊牧民には土地を支配するという考えはない。騎馬によって機動力を増した遊牧文化は、さらに大きく軍事化する。そして、周辺の農耕民の社会や国家との間に軋轢を引き起こしてきた。

いま、牧畜で、家畜の命を支えているのは、自然の牧草ではなく農地で栽培された牧草である。さらに、家畜の飼養に人間の食料の一部(穀類)を回している。最近では、トウモロコシはバイオ燃料の原材料としても使われるようになってきた。いまやトウモロコシについては、人間の食料、家畜の餌、エネルギーの原材料という用途が三つどもえになってトウモロコシの取り合いをしている


◆ 『食の人類史』 佐藤洋一郎、中公新書、2016/3

    HOME      読書ノートIndex     ≪≪ 前の読書ノートへ    次の読書ノートへ ≫≫