■ 『沈黙の画布』 突然のブームの影になにが (2012.8.10)




篠田節子の小説を手にとった。日頃、読むのはノンフィクションばかりなのだが、これは日経新聞に連載後出版されたものを改題したとのこと。新潮文庫の新刊だ。

以前読んだ『はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか』は現代のテクノロジーがテーマだったと記憶する。→ こちら
篠田さんは守備範囲の広い作家。考え抜かれた構成と、リアリティーのある文章が魅力である。長編のテーマ構成に、KJ法――名刺サイズのカードを活用した整理術、を使うとの話をどこかで読んだ覚えがかすかにある(*)。

今回のテーマは絵画市場にうごめく人間模様といった感がある。帯にはミステリーと謳われている。
地方に埋もれていた無名の画家が、人気知性派タレントの紀行エッセイに取り上げられる。読者の反響が大きく突然のブームを巻き起こす。現代絵画ではない、ノスタルジアと情を感じさせるバルビゾン派風の絵が人気の元らしい。

美術雑誌のベテラン編集者が特集号の刊行を企てる。絵の掲載許可をめぐり、亡くなった画家の妻との交渉を重ねるが、不可解な言動に振り回される。自分が所持する以外の作品は、贋作だと、強く執拗に主張するのである。

画家の妻・智子――この本の中で、もっとも魅力的かつ強いキャラクターを与えられている。つつましく夫を支える夫人像が描かれている。白いワンピースをまとった清楚な姿。
ところが新しく母子像が出現してくる。ここから小説はミステリーのにおいが強くなる。絵のモデルは誰なのか疑問は広がる。そこに複雑な人間模様がからむ。かつての画家の地元サポーターたち、画家を特別に評価していた洋画界の重鎮、あやしい雰囲気をかもす絵画ブローカなど。
もちろん終章で疑問は一気に氷解するのだが、智子が認知症にくずれていくのは悲しい。


◆『沈黙の画布』篠田節子、新潮文庫、2012/8
 * AERA Mook 『日本語文章がわかる』 朝日新聞社、2002/12 "物語を図式化する"

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