■ 『バイオリニストは弾いてない』 もとN響 (2017.7.7)
かねて、元N響バイオリニスト I我裕子さんの書くエッセイのファンである。随筆の名手として、I我さんを褒めあげたのは故・丸谷才一さんだった。何の因果か、おなじタンノイのスピーカー(スターリング)を使っていることも身近に感じる理由だ。
いつもながら快調なエッセイ。気っぷの良い文章である。お酒も強そう。ほぼ同世代のこちらとしては、日頃の暮らしぶりが気になる。「定年になったら、もう自分を緊張から解放したい」と。定年と同時にバイオリンを人前で弾くのをやめたそうだ。
クラブツーリズムの「おひとりさま」旅行にたまに行くらしい。もちろん、オペラ鑑賞の楽しみがとびぬけている。年一度だったか、N響の出演する、ワーグナー・オペラがあります。バイロイトにも行ったんですね。
オーケストラの裏話が魅力。くそまじめな人間の集団と思われるN響が、どんな素顔を持っているのか。イングリッシュホルンのトップにしても、《新世界》の第2楽章(家路)では、吹く前には緊張でヒザがふるえるとか。池田昭子さんは、カイシャ始まって以来の美女。性格のんきとか。サヴァリッシュ大先生の口癖は「ワンライン」。楽章全体、あるいは曲全体が、ひいてはコンサート全部がワンラインでなければならないという。「ファーストノート」が大事なんだ。
オーケストラの仕事で一番難しかったのは、ピアニッシモとディミヌエンドだった。楽器は本来良くなるように出来ている。それを日々使い込んでますますなるようにしているのに。どんどん退いていくのは難しい。
私の最も尊敬する人間のベストスリーというのを挙げている文章があった。@他人のために掃除をするひと、A人に食べさせるひと、B人を看護するひと とのこと。介護にかかわる日々があったようです。ひっそりとした表現ですが、共感します。
◆ 『バイオリニストは弾いてない』 鶴我裕子、河出書房新社、2016/11
<関連>
◆『バイオリニストに花束を』→ こちら
◆『バイオリニストは肩が凝る』→ こちら (『バイオリニストは目が赤い』と改題されて、新潮文庫に収められている)
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